音楽文化の移り変わり

音楽にその歴史があるように、それを取り巻くメディアや、人々がそれに親しむ方法にも歴史はあり、それらはお互いが交差するように進化し、大きく変わり続けてきた。1857年に世界最初の音声録音システムであるフォノトグラフが誕生して以降、エジソンによって蓄音機の発明がもたらされ、それが音楽用途にも使えることが明らかになると、1910年には日本でも最初の蓄音機が発売された。そしてそれから今日に至るまでの百数年間で、音楽とそれを取り囲む状況はめまぐるしい変化を遂げている。まず第一に挙げられることは、音楽を録音することが可能になったことによって、演奏の一回性が失われてしまったことである。もちろん、すべての演奏には個性があるが、一つの演奏が完全に録音され、何度も同じ状態で繰り返し聴くことができるようになった為に、ある演奏は演奏というよりも一つの「曲」という状態、凝固した物質として人々に認識されることになった。音楽というものへの認識が一回限りの儀礼的なものから、何度も聴いて味わうことのできる嗜好的なものへと変わっていったのである。同時に録音物と再生装置を一人一人の人間が手に入れることができるようになったことで、ある音楽を一人だけで聴くという体験も可能になった。その一人で音楽を聴くというスタイルをとことんまで特化させたのがカセットプレーヤーというメディアの誕生であり、これによってイヤホンを付けることで誰でも簡単に、好きな場所でどこでも音楽が聴けるようになったのである。それまで音楽というものは、レコードとレコードプレーヤーの持っていた物質的な限界によって、少なくとも自室か、たいていの家では居間に置かれて家族がみんなそのレコードプレーヤーを使う、という状況で聴かれることが多かった。レコードプレーヤーは巨大で、レコードはまた高価なものであった為に、それを聴くという行為自体に、家族揃ってTVで映画を見るような、一種の日常の中にある非日常性的な楽しみを有していたのである。しかしカセットプレーヤーの登場や、レコードプレーヤーの小型化、レコードの販売価格の低下などによってその仰々しさが徐々に減少していった結果、音楽を家族で聴くという体験は聴覚だけの領域ではなくTVの歌番組といった、より一回性の強い複合的な場所に移行していくことになった。このレコードプレーヤーを囲って皆で1つの音楽を聴くという慣習はおそらくクラブのDJ文化などの中に引き継がれており、そこではスクラッチプレイ用に楽器として特化したレコードプレーヤーによって、多くの人間が1つの音楽を聴いて踊るという非日常的な体験が続けられている。このようにメディアの物質的な変化は表面上の文化的な変容だけでなく、それを受容する人々の内面的な音楽観にも影響を及ぼしていく。1つは音楽というものへの価値観の変化である。家族が居間に集まってレコードプレーヤーで音楽を聴いていた時と、蓄音機の周りに人々が集まって順番にそこから音が出ることに驚嘆していた時、カセットテープで町を歩きながら音楽を聴いていた時のそこにある音の価値は、今パソコンでSoundcloudなどのページを開いて、そこにある音楽の再生ボタンをクリックしている時の感覚とはどれも全く違うはずである。それは何か1つの価値が高いところから低いところに時を追って下がっていき、それによって人々の感性も弱まっていったというような単純な上から下への話ではなく、もっと根本的な、自分の中で音楽というものをどう捉えるか、という部分の変化であると思われる。つまり音を録音することが当たり前ではなかった時代、音を録音したものを持っていることが特別だった時代、音を録音することも録音したものを持っていること何もかもが特別ではない時代では、音そのものに対する感じ方が違っていくのである。戦前と戦後で米に対する価値観が違ってくるのと同じである。こうして生まれるもう1つの変化が先に挙げた音楽というものの扱いの変化であり、この扱いの変化が、音楽メディアのあり方を変えることで、再び巡り巡って人々の価値観を変えることになる。2つの変化は表裏一体なのである。個人がレコードを入手する手段が買うという方法しかなく、またその価格も高い時代は、やがてある程度レコードを持っている人間が増えると、それによってレコード自体の価格が下がる為に終焉を迎え、それによって人口に膾炙したレコードは更なる需要を生み、レコードが世の中全体に浸透していくことになる。こうしてレコードが浸透すると今度は個人間で売買ではないレコードの貸し借りが行われるようになり、レコードの売れ行きは次第に平均的なものになっていき、やがてある種の平衡状態を迎える。ここでレコードはもうかつての孤高の録音物ではなくなり、主婦が料理のBGMに流すような気楽なものとなっていることだろう。一方そういった需要と供給が高めていた文化の技術的な側面が新たなメディアを生み出すことにより、平衡状態は破られ、新たなメディアに人々が殺到することによって、全てはまた同じサイクルを繰り返すことになる。しかしこの新たなメディアに移行する時、人々の価値観は知らないところで新しくなっているのである。音楽が人口に膾炙し、レンタルレコード店やレコード喫茶など、個人が音楽を気楽に楽しめる場所が増えたことによって、音楽は非日常的なものからよりパーソナルなものへとその姿を変えていった。パーソナルなものになるということは日常的なものになるということであり、日常的なものになるということはそれが生活の中にとけ込むということである。こうして音楽は一人の人間がその日常生活に流しているもの、座っている家具のようなインテリアへとその姿を変えた。そしてその時代も、CD文化の不況とインターネット上のダウンロード文化の興盛によって現在新たな変化のタームに差し掛かっている。おそらくこれからの変化で最も明らかなのは、これまで受け手側だった人間が、受け手側にいながらも、自ら音楽を製作して、言葉を話すようにそれを外に向けて発信するようになったということである。これまでと違い、MyspaceをはじめSoundcloudやBandcampといった発信者向けのサイトが登場したことによって音楽は今やかつての作品という立場から、何かその作り手の思いそのもののようなものへと変化し始めている。インターネット上では毎日無数の、かつてはお金をかけないと聴けなかったような、あるいはお金をかけてなら絶対作られなかったようなクオリティの音楽が、縦横無尽に交わされ合っている。そこには無料や有料といった金銭的な概念もあまり意味を成していないようでさえある。

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ギターの歴史

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一般的にロックンロールの登場と共に世の中に姿を現したとイメージされているエレクトリックギターの歴史は長く、その原初的な形態は早くも20世紀初頭、1910年代にその姿を現している。それはヴァイオリンやバンジョーといった楽器に電話機の伝導体を組み込んでその音を増幅させる今でいうセミ・アコースティック的なものであり、その“増幅”も楽器というよりは物珍しいアイデア商品といった態のものであったが、これらの珍奇な発明品・電気式弦楽器はギター製作者だけではなく、1920年代から30年代にかけて、世界中の多くのアマチュア発明家、玩具製作者によって製作されていた。その中にはギターのブリッジ部分にカーボンマイクロフォンを仕込み、弦の振動を電気信号に変えるという今のピックアップの仕組みに近いものも登場している。しかし、一般に当時は音楽の世界に楽器の音を電気によって増幅させる必要性が存在しなかった為、本格的に楽器としてのエレクトリックギターが考案・開発されることはまだなかった。また、電気に頼らずにギターの音量を増大させる発明として、ブリッジの下にアルミニウム製の共鳴板を取り付けたギター、いわゆるリゾネーター・ギターが発明されたのもこの時期であるが、後にそれらのギターはエレクトリックギターの跳梁と共にそのシェアを奪われ、現在は一部の音楽ジャンルの演奏者たちによって使用されている程度である。そして1930年代に入り、アメリカでいわゆるビッグバンド形式(オーケストラ編成)のジャズが流行するようになると、サックスやトランペットといった楽器群の中でひときわその音が小さいギターはその存在感を示すために、どうしてもその音をほかの楽器と同じか、あるいはそれ以上に大きく鳴らす必要が生じてきた。そこで最初期の楽器的なエレクトリックギターの一群が誕生することとなる。それらのギターの大半は1910年に登場したアコースティックギターに機械を取り付けることでその音を増幅させるというアイデアを継承しており、最初期に登場したタイプはアコースティックギターにピックアップを取り付けるホロウ・ボディと呼ばれるタイプのものであったが、このタイプの楽器はピックアップがアコースティックギター特有の胴体の共鳴を機械が拾ってしまい、必要な音だけでなく不必要なフィードバックまで発生させてしまうという欠点を持っていた。それを克服したのが後にリッケンバッカーとなるナショナル・ストリング・インストゥルメンツ・コーポレーションに所属していた発明家のジョージ・ピーチャムで、彼はアコースティックギターに音を増幅させる装置を取り付ける代わりに、楽器の機構そのものをエレクトリック向けに作り替えてしまうことを考案した。こうして彼が当時先述のリゾネーター・ギターの共鳴板を製作していた機械工場主のアドルフ・リッケンバッカーと協力して作り上げたのが、ボディがすべてアルミニウム製になっている世界初の完全なエレクトリック・ラップスティールギターであるフライング・パンである。フライング・パンはその後二人が設立した会社リッケンバッカーによって1939年まで製造・販売された。その後1934年にVIVI-TONEがボディ部分がアルミニウムではなく全て木材で作られたボディに穴の開いていない(このようなボディを通称ソリッドボディと呼ぶ)エレクトリック・スパニッシュギターを発表すると、1936年にはドラムメーカーとして知られるスリンガーランドも同様にボディを全て木材で作り上げたSlingerland Songster 401と呼ばれるモデルを発表した。フライング・パンがギターのタイプとしては厳密にはラップスティールギターであり、VIVI TONEのものも通称Electric Spanishと呼ばれるスパニッシュギターであったのとは違い、スリンガーランドのこのモデルは最初からエレクトリックギターとしてボディを考案したとされている為、一部ではこのスリンガーランドのモデルこそが厳密な意味での世界最初の(楽器としての)エレクトリックギターだと言われている。そして同年、ギブソンが初の商業ベースのエレクトリックギターとなるES-150を発表、そのシンプルなネーミング(名前のESはElectric Spanishの略、150は販売価格)と150ドルという当時としては破格の値段設定で成功を収めたことで、エレクトリックギターは一気に楽器市場のメインストリームに躍り出ることとなった。そして1946年、エレクトリック・スパニッシュギターの製作に興味を持ったラジオ修理工のレオ・フェンダーがフェンダー・エレクトリック・インストゥルメント製造会社を設立、いくつか試作品を製作したのち1949年に初の量産型エレクトリックギターモデルとなるエスクワイヤーを、翌1950年にブロードキャスターを発表したことが、音楽市場に対する決定打となった。それらのギターはギブソンや他のギターメーカーの抱えていた製作時間や複雑な工程といった問題をボルトインなどのシンプルな独自の製法を取り入れることによってクリアしており、単なる楽器というだけではない、工業製品としてのエレクトリックギターを確立させた。その後1952年にはギブソンがギタリスト兼発明家であるレス・ポールが1941年に開発し、ブロードキャスターにも影響を与えたというギターモデル「THE LOG」をベースにギブソン・レスポールを開発、翌々年にはフェンダーからフェンダー・ストラトキャスターが発表され、現在に至までのエレクトリックギターのスタンダードモデルが確立された。その後エレクトリックギターはロックンロールの興盛とともに世界中に浸透、フライングVやダブルネックギターといった変種モデルを生み出しながらも、様々な音楽ジャンルの演奏者たちによって広く使用され続けている。

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印刷ってなんだろう。

印刷はそれぞれの国で文化の指標となるべくメディアです。WEBでは得られない実質な距離のクリエイティビティの影響を変化としてビジュアル化します。皆さんは印刷に従事している時に何を意識しているでしょうか。印刷の品質でしょうか。または特徴的で特別な何かでしょうか。紙が好き?特殊な加工に憧れている?全ておそらくは正解でしょう。ただし、PRINT PUB 02の目指しているものは別にあります。それは冒頭に書いてある通り、文化の指標そのものなのです。我々が持っている袋のようなものがあって、その袋の中身、サイズによって刷られる内容に差異が表れます。その部分に言及したいのです。その多様化こそが印刷の未来に語られるべき所在であって、印刷の技術とは、それらに対応する形であるべきだと考えています。最近のPRINT PUB 02は印刷とは関係の無いことばかり記事にしています。まさにそこを皆さんと喋りたいのです。芸術を語りたい訳じゃないし、印刷の技術のこれからなどに興味はありません。ただ1つ、皆さんが抱えられている文化にとても興味があります。それこそが、その育みにこそ印刷があると確信しているのです。我々が直面している状況の育みを行う事にこそ印刷があり、それに対しての印刷の行動に、とてもとても意味のある印刷が出来たと言えると思うのです。今の日本の印刷はバランスを欠いています。印刷の豪華などの見た目と、中身としての内容など、高級なのか、チープなのか、それはそういった刷られるだけの価値があるのか、あまり上手く判断されず刷られている現状があります。私はとても疑問に感じます。それは印刷するほどのものですか?印刷している文化はそれほどの価値があるものですか?考えて欲しいのです。印刷の所在と、印刷について。我々は何を育まなくてはならないのか。

NR 音楽サイエンスビュア 「Apple Music 難民の為の資料構築」

NRのスタートは、もともと阪口が音楽の事を知らない興味がない事が発端となります。
前身は西田辺レコード会という月に一度ミワくんのお母さん、ムトくん、青のりくん、阪口という、
訳の分からない、どういう繋がりでそうなったかのメンバーで、
レコードを買いに行く、お茶飲んで音楽の話に花を咲かす、
なんともホッカりするサークルのようなものでした。
阪口に音楽の興味が無いので、
めちゃくちゃ音楽の事を好きな人と行動を共にすれば、
少しくらいはその好きが分かるのではないかという理由からでもあり、
基本的に、音楽さえ鳴ってたら、その時の気分で、なんでもいい、
という発想の人なので、皆さんが夢中でレコードを選ぶ姿が、
阪口には不思議で不思議でとても楽しいものでした。
西田辺レコード会についてはミワくんのお母さんが飽きたら終了、
という裏コードを用意していて、
まあ、見事に飽きて宝塚歌劇に流れていったので、
いい感じに円満解散となった訳です。
その時に、レコードの寄付を全国で募っており、
見事に全国から1000枚を超えるレコードが届いて、
今、我が家に鎮座されておられる訳ですが、
その時の発見や、
何故、CDが売れなくなったのかというのを、
青のりくんと喋る機会が徐々に増えていったような記憶があります。
「僕たちは音楽の事を何も知らない」
これが結論でした。
目線としては、
エグザイルとかジャニーズとか韓流しか聴かないような人達と同じレベルで知らないのではないか、
ということで、
真剣に音楽のことを研究してその結果を流布する事になったのがNRという事になります。
音楽を知っているという事はどういう事なのだろう。
例えば、X-JAPANとミスチル、エグザイルのそれぞれのファンは、
同じ価値観で音楽というものを見ているのだろうか。
フジロックとかライジングサンとか行ってる人は、
そういう人達を少なからずバカにしているのではないだろうか。
阪口は、当時、ムジカイーゼルがちょうど、関西で活動を初めていた頃で、
運良く、その初期の活動から行動を共にする事が多かったのもあって、
芸術としての音楽の在り方をとても考えている頃であり、
青のりくんもTHE FALLしか聴かなくなってしまう病気に掛かってしまっていた頃で、
一体、音楽というのはなんなのか僕達は知らないのではないかとなっていた訳です。
そして無事に研究発表としての一冊めが完成しました。
内容としては、「バンド」にクローズアップを当てて、
ギター、ベース、ドラムのそれぞれプレイヤーにインタビューをして、
回答を得た記事をまとめたものと、
それぞれの自由研究の発表といったラインナップでした。
(その内、フリーでお見せします。
そういう流れでの最新作が、
タイトルにもなっている、
『NR 音楽サイエンスビュア 「Apple Music 難民の為の資料構築」』
になります。
これは阪口が青のりくんに度々、Apple Musicにあるオススメアーティスト名を聞きまくっていた事が、
発端となり制作がスタートしました。
阪口は阪口で、寄った範囲しか知らない訳です「haruka nakamura」を聴くとなると、
その周辺のアーティストしか出てこない。
これじゃ、全然せっかくの素晴らしいライブラリーを使えてない!ってなってて、
こうなったら、ジャンキーに聴いてる青のりくんに、
耳に頼らない、目で見て分かるグラフで幅広くアーティスト発見出来るやつを作ろう!と訴えて作ってもらっちゃいました。
なんかでも、Apple Music登録してて、
知ってる範囲だけであんま使ってないわーってレベルの方に是非見て欲しいと思います。
ていうか阪口がそうな訳ですが。
ぜひ。面白いぞー。

『NR 音楽サイエンスビュア 「Apple Music 難民の為の資料構築」』
PDFデータ→ http://www.fengfeeldesign.org/nr/nr002.pdf

以下にまんま内容も載せておきまする。

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沈黙シリーズ、というかセガールについて

セガール映画と言ったところで一体今何人の人が彼の出演作を追いかけていることだろう。もちろんTSUTAYAやGEOに行けば新着コーナーに彼の作品は並んでいるし、AmazonプライムやHuluといった動画配信サイトを見ても彼の出演作というのはいたるところに転がっている。しかし木曜洋画劇場が終わり、テレビの地上派で彼の作品が放映される機会が減った今、今後僕のような90年代育ちの人間が小学生時代に楽しんでいたように、夕刊のテレビ欄の下の広告スペースに『グリマーマン』や『イントゥ・ザ・サン』の劇場公開の広告が載っているのを見てワクワクするようなことが今の小中学生の間にあるとは思えない。もちろんその頃からアーノルド・シュワルツェネッガーの作品やシルベスター・スタローンの作品を追いかけるという人も中にはいるだろうし、動画配信サイトやユーチューブで映画の一部がいくらでも観れるようになった今、そういった一人のアクションスターの出演作を全部追いかけるにはおそらく近所のGEOしか映像作品と触れ合う機会がなかった小学生時代の僕よりもずっと環境には恵まれていると言える。しかしわざわざシルベスター・スタローンやブルース・ウィリスを好きになる必要がないし、ハリウッドのアクション超大作の基本トレンドがアメコミのヒーローものかスターウォーズのパクリみたいなSFアクション一色になっている今、どこにもかつての筋肉スター映画の入り込む余地はなく、年齢的にもそういったスター達が続々とアクションが出来なくなっていき、かといってそれ以外の魅せ方で活躍するチャンスもないから次々とスクリーンの中心から姿を消している状況の中で、以前のようにライトな映画好きの子供がそういった映画に触れ合う機会は激減しているのではないかと思う。

いや、もう2017年の現状的にはだいたい壊滅していると言った方が良いのかもしれない。アーノルド・シュワルツェネッガーもターミネーターの最新作に顔を出した以外は今ではほとんど俳優というより元政治家のテレビスターという立ち位置に行ってしまっているし、最近ではドナルド・トランプが司会をしていた番組の後釜に座っているらしい。スタローンも2014年までは『エクスペンダブルズ』シリーズや自身のはじめたシリーズ、『ランボー』と『ロッキー』にそれぞれ素晴らしい有終の美を飾るという立派な仕事をして元気な(ギリギリ)姿を見せていたが、最近ではまた方向性を見失ってしまったのか、それとも完全にやることをやり遂げたのか、映画出演からは距離を置いている。ブルース・ウィリスはアメコミ原作の『RED』シリーズでは往年の張りを見せてくれたものの、基本的に90年代頃から何の進歩もない同じような演技の連続で、この人が一番出演作品ごとの差違を捉えにくい。ニコラス・ケイジは2009年のドイツの名匠ヴェルナー・ヘルツォーク監督作品『バッド・ルーテナント』ではこれまでの自身のダメ人間役を総括したような素晴らしい演技を見せてくれたが、あとはずっとあの顔で焦ってるような低予算の映画に出続けているだけで、ざっと見渡して今現役で一線で活動を続けている90年代のアクションスターというのはほとんどいないのではないか、というのが現状だと思う。もちろん新世代のアクションスターというべきジェイソン・ステイサムや、『96時間』シリーズで突然海面に浮上したようなリーアム・ニーソンは、それぞれがそれぞれなりに独自の”アクション映画のいい感じ”を体現してくれていてとてもいいのだが、単純に、昔のスターが全員ゆるやかに坂を転がり落ちていっている感じが寂しい、という個人的な感傷を拭うことができない。おそらくこのままいくと、というかすでに今の小学校1年くらいの男の子にとっては初めて見るアクション映画は絶対リュック・ベッソン監督じゃないし、レニー・ハーリン監督の名前を今後どのくらいの人数が新しく覚えるのだろうと思うと絶望感で胸がいっぱいになってくる。僕の中学の時ですらトレンドはすでに『スパイダーマン』や『ハリーポッター』シリーズに移行していた。今後どれくらい90年代風味のアクション映画のファンが増えるかと思うと、供給以前に需要の段階で意識の変化が起きてしまっていると思わざるをえない。このまま行くと日本の伝統産業ではないが(後継者一人系)、このハリウッドが80年代から90年代にかけて完成させたアクション映画というジャンルも、かつての西部劇のように消滅していく一方なのではないかと思われる。しかしこうしてアクションスターがアクション映画という文化ごと坂を転がり落ち、そのままトップスピードで柵をブチ抜け、海に向かって綺麗な放物線を描いて消えていっている中で、坂の途中でスピードを落とすことに成功し、あとはずっと薄暗い路地裏で活動を続けている、そんなアクション俳優はどこかにいないのだろうか?そう考えた時にスティーブン・セガールが浮上する。

おそらくスティーブン・セガールが落ち目と聞いて、ピンとこない映画ファンの方もいるだろう。というのはスティーブン・セガールは落ち目とか落ち目じゃないというより、ずっと同じようなことをしている印象(落ち目とかいう以前の問題)しかないからで、確かに全国の劇場で映画が公開される機会は減ったが、単館で上映される映画作品、つまり毎年制作される主演映画の本数はヴァンダムやドルフ・ラングレンに比べて多いし、シュワルツェネッガーやスタローンに比べるとものすごい勢いで作品が作られ続けている。また、他の落ち目なアクションスターと違い、近年の「落ち目になってからの作品」ともいうべきやや低予算のヨーロッパロケのアクション映画のようなものでも午後のロードショーなど地上波で放映される頻度が高い。だからユーチューブを調べればいくらでも主演作品の劇場予告編を見つけることができるし、出演作のアクの濃さから来るネタ濃度から、ネットでの知名度も高い。だからここ日本ではセガールは落ち目ですらない、そもそも最初から一定のファン相手にしか商売をしていないような、不思議な定着感、ファン層があるような気がする。

しかし実はこんなに安定した人気があるのは日本だけで、本国アメリカでは1998年の『沈黙の陰謀』以来、セガールの出演作品はほぼ90%以上がビデオスルー扱いとなっている。つまりもう20年以上、アメリカ本国では一部の例外を除き、セガールの主演作品は劇場公開すらされていない。日本では出演作品ほとんどになぜか「沈黙の◯◯」という邦題がつき、それが勝手に沈黙シリーズと呼ばれることで、セガールブランドともいうべき安定感を築き上げることに成功しているが、おそらくアメリカではセガールは「同じような映画に延々出続けているB級アクション俳優」でしかないのだろう。セガールが十三に住んでいたことなど大部分のアメリカ人にとってどうでもいいことだし、セガールの娘と息子が日本でタレント活動をしていたことなどさらにどうでもいいことだろうし、セガールが時々話す奇妙な日本語にキュンとくるようなアメリカ人はおそらく0に等しいのではないか。そう考えるとセガールの人気というのは、ここ日本で作られたもの、ここ日本だけで通用するブランド、という気もしてくる。『マチェーテ』(2010年)のような作品に取り上げられるほどそのキャラクター性だけは海外でも浸透しているようだが、そもそもアメリカにはチャック・ノリスというセガールを優にしのぐmemeマスターがいるし、セガールの主演映画を沈黙シリーズという勝手に作った言葉でブランド化し、堂々とシリーズ物のふりをして配給し続けているような国が、ここ日本以外にあるとは思えない。事実近年のセガール映画の中には本国でビデオが発売されるよりも前に映画が日本で公開されるという謎な逆転現象まで起きており、セガール映画にとって日本という存在がますます重要度を増していることを感じさせる。

こうした本国では90年代末に坂の下まで転がり落ち、以降20年に渡ってビデオスルー俳優であり続けるセガールが、ここ日本でだけ長きにわたる支持と人気を得られてきた理由は一体どこにあるのだろうか?それはやはり、「沈黙シリーズ」というネーミングにあるような気がする。「座頭市」や「寅さん」もそうだが、長く続いているシリーズというのはそれだけで観る者に一定の安心感を与えさせる。それは『スピーシーズ2』や『プレデター2』のような、3が作られてないけど大丈夫?みたいな不安を感じさせない。『ターミネーター』もシリーズごとにタイトルが違えば誰も全てみようとは思わなかっただろう。同じ設定で違うロボットのデザインでいくらでもあのような話を作ることはできると思うが、それをあえてアーノルド・シュワルツェネッガーという俳優とあのデザインを使い続けてやることによって、多少彼の老化でアクションが地味なことになっても、2017年の今見てあのデザインのロボがさらに別のロボを動かして攻撃をしかけてきたりする意味がわからない、というかなしい気持ちに包まれても、ターミネーターだから、という理由でとりあえず劇場に足を運ぶ人から利益を得ることができる。『スターウォーズ』のローグワンも、なぜ作られたのかきっと永遠にわからない『インデペンデンス・デイ2』も大方この安心感にすべてを投げている。沈黙シリーズもそうである。なぜセガール以外の映画スターが坂の下を転がり落ち、セガールだけが途中で止まれたかというと、沈黙シリーズという日本で勝手に作られたブランドが、その安心感で観客を掴み続けたからである。ヴァンダムも実は非常にコンスタンスに映画を作り続けていて、『キックボクサー』のリブートや、『ユニバーサル・ソルジャー』の続編を何本も作っている。しかしそれがセガールほどの安定感を持って受け入れられないのは、やはりその1本1本が「有名映画の低予算の続編」にしか見られず、そんな映画に出続けているヴァン・ダムが落ち目な映画俳優にしか見られないからで、その段階を90年代の全盛期、『沈黙の要塞』から『沈黙の断崖』に至るあたりですでに通過したセガールにとっては、その後の作品はいくら低予算になりアクションがしょぼくなっても、「セガールの映画だから」「沈黙シリーズだから」という不滅の安心感によってすんなり受け入れられるものになっている。沈黙シリーズはそもそも(最初に何本かハリウッド超大作級の作品が作られはしたが)、セガールが落ち目になった瞬間、シリーズとして成立したと言っても良い。これがもし、出演作品すべてに『沈黙の戦艦』以前の作品のように1本ずつ味気ないカタカナに直しただけのような邦題がつけられていたとしたら、セガールが今のような安定感を持って受け入れられていたことは決してなかっただろう。それだけシリーズ、という概念には安定感と安心感があるのである。

そして内容もシリーズという概念に安定感と安心感を与える。セガールの沈黙シリーズにおいて、実は正式な続編は1作目の『沈黙の戦艦』と、『暴走特急』という沈黙シリーズの名前がついていない別作品だけである。これ以外に「沈黙」と名につく作品が27作品(TVシリーズの各話についたサブタイトルも含めると40作品)作られているが、どれも設定が違い、正式な続編ではない。というよりそもそも、セガールの出演作品に沈黙の名前をつける、という謎ノルマを配給会社が持っているだけで、続編だと宣伝されたことはおそらくないと思われる。この出演作品に「沈黙」をつけるかつけないかはおそらく無作為で、特に法則などはないと思われるが、2001年にジョエル・シルバープロデュースで公開された映画『DENGEKI 電撃』以降はしばらく『雷神 Raijin』『一撃 ICHIGEKI』『弾突 DANTOTSU』などの2字熟語+ローマ字読みのパターンの邦題がつけられていたこともあった。これは『DENGEKI 電撃』のセガールのキャラ作りがそれまで定番だった髷を切り、さらにちょっと痩せてスリムな体型になる、というキャラクターチェンジ要素が多く含まれていたために、配給会社がさすがに沈黙シリーズではまずいと判断したのだと思われる。同様の判断があったと思わせる事例は他にもあって、『イントゥ・ザ・サン』(2005年)は日本を舞台にしたキル・ビル的雰囲気のあるアクション映画ということもあってか、セガール映画にはかなり珍しく原題のカタカナ読みがそのまま邦題となっている。また、『沈黙の戦艦』以前の作品は全て原題→カタカナのようなシンプルな邦題が多い。しかし内容的にこれらの「沈黙シリーズ」「2字熟語+ローマ字読み」「原題→カタカナ」の作品に大きな違いがあるわけではなく、基本的にセガール映画のプロットは1作目の『刑事ニコ/法の死角』から一切変更はない。刑事ニコが88年の作品だから、実に30年近くセガールはそのプロットだけで疾走しているということになる。

おそらくネットを少し調べてもらえばセガール映画のマンネリ感、一辺倒感についてネタ的に解説にした楽しい記事はいくらでも見つかると思うので、ここではその概略だけを書いておくと、まず大抵の場合、セガールは元特殊部隊の隊員で、その立場を隠して生活している。最近ではのっけから特殊部隊の隊長をしている現役バリバリの兵士、という役も少なくないが、コンセプト的にはだいたい『コマンドー』のシュワルツェネッガーと同じであり、そんなセガールが何かしらの事件(テロか殺人)に巻き込まれることでストーリーは始まる。あとは敵を壊滅させてハッピーエンドというくだりも『コマンドー』と同じなのだが、その壊滅させるくだりに他のアクション映画にはない特徴があって、とにかくセガールは傷つかないし、敵をベルトコンベア作業のように一方通行的に壊滅していくのである。その一方通行感と圧倒的な強さがセガール映画の魅力であり、どんな映画でも見ていくうちに敵がセガールに何発ダメージを入れられたか?が鑑賞のポイントになってくる。驚くべきはこの圧倒的な強さというコンセプトが1作目の『刑事ニコ』から片時もブレていないことで、『沈黙の戦艦』をはじめとする沈黙シリーズでも一切ここだけにはブレがない。時々顔から鼻血を出したり、肩を撃たれたりしてしまうこともあるが、演技ができないのか、基本的にダメージが通ったという描写は皆無である。そしてそのアクションシーン中に見られるセガールの動きもかなり独創的で、一般にセガール拳と呼ばれる、彼が7段を持っている合気道の動きでは絶対ないということしかわからない謎の中国風拳法や、銃を必ず片手で斜め水平にして持つという奇妙なグリップの握り方など、挙げ出せば枚挙にいとまがない。そしてそういう共通点がどの映画でも必ず見られるために、セガール映画はたとえ一編一編が本来別々の作品であったとしても、沈黙シリーズという言葉によって一種のパラレルワールド的世界観の拡がりとして観ていくことができるのである。一編一編のセガール映画を別の時間軸、世界線だとした場合、30本近い沈黙シリーズとそこに登場するセガールがまた違う一本の別の作品として見えてくることがある。言ってしまえばセガール映画とは制作された本数に分割された約”2時間×制作された本数”時間ある一本の大長編映画ともとれる。だから細切れにされたほかの落ち目なアクションスターの作品と違い、沈黙シリーズはまだ、それが作られ続ける限り見終わった人間が一人もいない作品なのである。だからセガールファンという固有のファンが根強く作品を支持しているのだし、単館であれ日本で劇場公開され続ける。きっとそれは究極スティーブン・セガールという俳優の魅力ですらなく、むしろ宇宙世紀のガンダムを全部見るまではガンダムを見た気になれないような、ワンピースを87巻から読み始められないような、そういう何か作品と向き合った時に受け手側に生じる不思議な感覚のおかげなのだと思う。それが”沈黙シリーズ”という言葉に集約されている。そして『大菩薩峠』や『グイン・サーガ』と違って、セガールが映画に出れなくなった瞬間、最後の主演作品が即完結作品となる。決して未完に終わることはないが、出る限りは未完であり続ける、そしてその実態は続きものでもなんでもないバラバラの作品の集合体、監督も全員違うし、何より続き物である要素を担っているのは日本の配給会社の企画部だけ。こんな不思議なシリーズものを僕はほかに知らない。何か特定のものに番号をつけ整頓することで、それが1つの巨大な塊に見える。そこにあるのはただ、最初は「次のも沈黙の◯◯でいっか。」的な流れ作業だったのかもしれない(戦艦→要塞だから絶対そう)。でもそういうふとしたひらめきが、1人の映画俳優を長年活躍させたりする。そんな行き当たりばったりな、適当に組んだジェンガのような魅力が沈黙シリーズには溢れている。

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空想で0から漫画を描く過程「青のりしめじ」の場合

青のりしめじプロフィール
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京都精華大学/漫画学部卒
月刊タニシ連載作品『最強巻貝伝説』作画担当。
特撮ギター研究所、CRITERION FREAKのライター担当。
The Fallと変な音楽のファン。
何かありましたらお気軽にご連絡ください。→tukamal1056@gmail.com
japanese manga artist, illustrator, Writer.

ホームページ: http://www.aonorishimeji.com/
contact: tukamal1056@gmail.com

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漫画のアイデアが閃く瞬間は人それぞれである。僕は日常何かしらいいなと思うフレーズに出会ったり閃いたりした時は、iphoneのメモ帳機能にぱたぱたと打って記録しておくことにしている。それは突拍子もなく誰か登場人物の長いセリフだったり、そういう一場面だったり、直接引用すると「レイジ・みのもんた」(おそらくレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンからきている)といった風のあとから見ると意味が全くわからない単なる文字の羅列(「MCなめろう食べ太郎」とか)だったりするが、そういうものを延々蓄積していくうちにふと瞬間にパズルが解けるみたいにタイトルがドーンと浮かんだり、この文字からだったらストーリーが作れるな、という呪文のようなフレーズに出会ったりする。あるいは”ティッシュ”や”養命酒”といった日常にあるものを組み合わせて、なんとなく「AとBが出てくる話」という風にストーリーに持って行くこともある。けれどもよっぽどジャンルを限定されたりする時以外は閃きだとか、ある思いついたシーンから演繹的にその時系列を発展させていくことでストーリーという話の流れを作っていくことが多い。また至極まっとうに、「◯◯のような人を描きたい」というところからストーリーを作っていくこともある。そういう時は図書館で本を借りて読むような取材もする。

僕は普段どういうわけか普通に街を歩いているだけなのに変な人や、変なことが起こっている瞬間に出くわすことが人より多いようで、友達からそういう人の噂話を聞くことも多い。そういう変な人の存在や噂もかなり話のネタになっていて、世の中にはこういう人もいるのかといつも驚かされる。電車の中で横に座った人が延々携帯で長電話して爆笑しているという些細なものから、三条大橋の橋げたから立ちションしているブルーシーターのおじさんの描く放物線、玄関先で「黄色(?)が!!黄色がそこらじゅうにあるやないか!!(意味不明)」と怒鳴っているおばさんまで、ほぼ毎週変な人に出くわしている。そういう人たちに同情の思いがあるわけではないが、そういう人たちから得たエッセンスのようなものを漫画に出したり素材として使っていくのは非常に楽しく、ついついそういうシーンを思いついてしまう。

とりあえずこの文章は『空想で0から漫画を描く過程』というタイトルなので、せっかくなので上に引用したメモのフレーズ、「レイジ・みのもんた」をそのままタイトルとして使って、「レイジ・みのもんた」という漫画を空想で描いていきたいと思う。

漫画を描く際に先にストーリーを完全に作ってからネームに入るタイプの人と、ネームを描きながらストーリーを考えるタイプと2つのパターンが存在すると思うが、僕は後者である。しかしながら文章でそれを同時にするわけにはいかないので、ここからはネームを描きながらストーリーを考えているていで、文章を書きながら「レイジ・みのもんた」のストーリーを考えていきたいと思う。実際の漫画制作ではこの文章に書いている部分を全てネームで描いているので、文章が書き終わった頃に実際ではネームができている、という形になる。

まず「レイジ・みのもんた」というタイトルを思いついた時点で、主人公は極めてみのもんたに近い何かである。おそらくTVの司会者で、午後は◯◯、みたいな番組の司会をしている。本名は御法川◯男で、水道会社の社長もしているが思いっきりブラック企業である。顔は色黒でいつもアシスタントの女性にセクハラをしては邪険に扱われている。二日酔いでテレビに出てはひとしきり偉そうなことをいうが、画面からは偉そうなことを言っているという印象しか伝わってこない。語彙も貧弱、しかしそれ故に同程度の語彙しかもたないおじさんおばさんから話がわかりやすいということで絶大な支持を集めているお昼の顔である。普通こういう人間ならめったなことで本気の「レイジ(Rage=怒り)」にとらわれることはないが、この漫画の主人公のみのもんたは怒っている。ということは彼はみのもんたでもなんでもない赤の他人である可能性がある。この時点でストーリーは次のどちらかのパターンだと思われる。このように選択肢をいくらか出してそこから選んでいくという作り方が話を作る上では一番簡単にストーリーができていくように思う。

1. 主人公はみのもんたである。みのもんたがレイジしてるストーリー。
2. 主人公はみのもんたではない。”レイジ・みのもんた”という人物がおり、彼にまつわるストーリーである。

この時点での個人的な印象は2の方が作りやすそうだが先が見えているな、という印象である。このストーリーを2だとした場合、おそらくレイジ・みのもんたという人物は自分をみのもんただと思っているか、周りからみのもんたとあだ名される公園のネバーエンディングキャンパーである。年恰好もみのもんたに近く、カセットコンロとフライパンを持っていて、冬になると公園の水道水をフライパンで温めてはそこにワンカップを入れ、それを周りのキャンパーに高値で売りつけて商売をしている皆の嫌われ者である。些細なことですぐ怒り、小さい盗みを何度も働くので人間的な信用はない。そんなある日彼が公園に帰ってくると彼の紙製の家がぐしゃぐしゃにされた上、カセットコンロがフライパンで滅多打ちにされどちらもボコボコに壊れていた。食事を作る手段を奪われた彼はなんとかお恵みをもらおうと周りのキャンパーに頼んで廻るが、誰も食事を恵んでくれない。そのうち不良中学生グループが彼のもとにやってきて、ベンチでしょんぼりしている彼を見て笑う。それにカチンときた彼は中学生に罵声を浴びせるが、よく見るとその中学生グループはどう考えても手をだしてはいけないような不穏な空気をビンビンと発するヤバそうな子供達で、さらによく見ると全員片手にバットを持っている。必死に謝るも噴水のところまで引きずって行かれたみのもんたはそこで水中土下座を強要され、噴水の中に膝をつき、ゴボゴボと顔までつかって必死に土下座してみせるが、不良グループは彼が水につかったことによって漂ってきた悪臭に激怒し、バットを縦に持ち突き刺すように彼の後頭部に叩きつける。こうして土下座したまま動かなくなった彼をおいて不良グループは全員噴水に浮かぶ彼の頭におしっこをかけたあと意気揚々と立ち去っていく。その晩彼の家は他のキャンパーによって完全に荒らされ、次の日奇跡的に生きていた彼が目を覚ました時にはもう何もかも終わっていて、彼自身噴水に浸かりすぎたことによって体が低体温症になっており、脳も後頭部を破壊されたことにより意識と機能の一部を失っており、彼は「どうぶつ奇想天外!」と叫びながら服を脱ぎ捨て公園を飛び出し、飛び出してきたトラックにはねられそのまま天国に向かう。最後は神様の前で自分の人生を不幸にした(と彼が勝手に思っている)神様に彼が怒鳴り散らしているシーンで終了。ざっと思いついたあらすじを書いてみたが、あまりおもしろくない話になりそうである。そして2でこれということは1もそんなおもしろい話にはなりそうにない。なんといってもみのもんた、というフレーズが既に旬を過ぎていて(僕の中では全然過ぎていないが)、今更名前を出したところで誰も覚えていなさそうな感じがするし、人物にも絶望的に魅力がない。だからこのタイトルでストーリーを作るなら、みのもんたらしさを保ちつつも、レイジという部分にもっと味付けがあった方がおもしろいものを作れるのではないだろうか。

と、ここでストーリーの方向性に更なる分岐点が見出される。この場合ストーリーは、

1. レイジ・みのもんたとは何なのか?という部分がキモになる/レイジ・みのもんたという存在が主人公の作品
2. みのもんたがレイジする状態がおもしろい/みのもんたのレイジの描き方がおもしろい作品

のどちらの要素を足した方がよりおもしろくなるか、ということである。ここで真面目に

3. お昼の情報番組で頑張るベテラン司会者が徐々に狂気に飲み込まれていくサイコサスペンス

という要素を組み入れることも可能だが、そういうストーリーにしてしまった場合、ストーリーが真面目になるのでタイトルのパンチが弱くなってしまう。ページ数もかさみそうである。と、考えるとやはりみのもんたは実際の本人ではなく、それっぽい架空の人物、にした方がタイトルに華が出るような気がする。つまり架空のみのもんたっぽい人がただキレてるだけ、というタイトルの作品である。それなら架空のみのもんたはアレっぽい人であればあるほどおもしろく、本物のようにTVで司会業をしてればしてるほどつまらなくなる。ということはやはり、架空のみのもんた氏は倉庫で仕分けのバイトをしている50代フリーターか、ネバーエンディングキャンパー、それかよくわからない街で見かける妖精のようなおじさん、であった方がおもしろい。それらの要素をすべて混ぜて、ネバーエンディングキャンパー風の、どこで何をしてるかわからないが、倉庫の仕分けのバイトをしている、仕事のできない御法川◯男風のルックスのおじさん、ということにしてみよう。

主人公のキャラ付けが決まったので、次は舞台の設定である。倉庫で仕分けのバイトをしているので、舞台は倉庫で、おじさんは派遣のアルバイターである。派遣会社の社員は全員おじさんより30歳くらい若い20代で、社長はブイブイいわせてる系の新庄系のファッションをした眼光からクズであることがストレートに伝わってくるタイプのガングロのチャラ男である。おじさんは彼に直接面接を受けたが、その時からずっと彼に対して猛烈な嫉妬心を抱いており、いつか一発逆転してぎゃふんと言わせてやる!と思っている。おじさんはそんな自分の年齢でまだそんなことが、時給850円のバイト風情でもできると思ってるくせに、宝くじを買うということすらしない、それ系の人特有のヤバさを存分に併せ持ってる系の人物である。誰にも聞こえない音量でいつも独り言をブツブツ言っている。当然メンタリティも幼稚で、バイト仲間も全員年下の18くらいの若者か、自分と同系統だがまだ自分より10歳くらい若い、無口で髪ボサボサで変な腹の出方をしている顔のやつれたデブしかいない。そんな環境で誰とも喋らず、話しかけてももらえず、薄暗い倉庫の中でベルトコンベアに乗って流れてくるダンボールに手元の商品を1つずつ詰め込んでいくのがおじさんの仕事である。その流通倉庫はおじさんの最寄駅から車で10分ほどの距離にあり、毎日派遣会社の社員がおじさんと何人かの同シフトのバイトを乗せ送迎している。その送迎が終わると同シフトのバイトが各派遣会社ごとに集められ、その日の軽い朝礼のような引き継ぎと伝達が行われ、その後倉庫の各部門にバイトが仕分けられていく。仕事のできる若いバイトの子は日によって忙しい部門をまかされたりして様々な部門で働けるが、仕事のできないおじさんは最初からずっと一つの部門で働かされており、誰も口に出しては言わないが、全員の仕事を止めているクズとしてべっ視されつつ、内心どこかでこいつがもっと仕事したら俺たちも忙しくなるから、こいつにはこのままダラダラ仕事して社員さんのこいつへの評価だけがガンガン下がりつつ俺たちは楽できる環境が保たれていてほしいなー、と思われている。だから他の仕事のできるバイトっ子たちにとっておじさんと一緒の部門になる日は(おじさんという存在に目をつぶれば)ある意味当たりでありご褒美でもあった。そしておじさんはそんな引き継ぎの際だけ顔を見る、バイトリーダーの40代中盤の主婦と思われるおばさんのことが気になっていた。おばさんが唯一の女性だということもあるが、バイト仲間の顔のやつれたデブがそのおばさんと少し長めの立ち話をしているのを見て、自分よりクズだと思っていた若人が自分より流暢に女性と会話しているのを見て許せなくなり、その意識がおばさんに移ってそれを恋心と自分で錯覚してしまったからである。
このような環境でずっとバイトし続けているおじさん、というのを状況として設定に取り入れたいと思う。

先の公園の話とほとんど変わらないと言ってもいいようなストーリーになりそうな設定だが、バイトとかそういう日常的な停滞感というのはストーリーから起伏を奪い、またある種の雰囲気を造成するできる優れものである。だからこういう状況というのは公園とかブルーシーターといった少し特殊な、何がどうなっているのかいまいち想像のつかない世界観を勘で描こうとするよりも自然と雰囲気が出せるような気がする。あとは過去の人生で遭遇した彼らのような人に対する同情心というか、ifの部分でどういう想像がこの状況からできていくか、を組み立てていくだけである。

僕がここまで書いてきてこのおじさんについて気になったことは、おじさんがどうしてこういった人生を送ることになったかという点、そしておじさんはこのままこの人生を続けていきたいと思っているのか、という点の2つである。おじさんが一人暮らしかどうかも気になる。しかしもしおじさんが実家暮らしなら、家に帰って偉そうにできる環境がある以上、いつでも仕事も辞められるわけだし、そこまでおじさんの中で怒りや憎しみが吹きだまって噴出する、ということもなさそうである。ということはやはりおじさんは一人暮らしで、そして何か人生の目標なりそういったものをもってこれまで生きてきたけれど、結果としてこういう状況になっていることを、まだこれは結果じゃない、どこかへ向かう道の途中なんだと自らに思い込ませて、あるいはそれすらなくただぼんやり生きている、そしてそれによって現実との摩擦で一層心が歪んでしまっているかわいそうなおじさん、ということにしたほうがよさそうである。

ここでおじさんの目標と「レイジ・みのもんた」というタイトルがかぶる。
なんとなくここで、このおじさんはみのもんたを目指してタレント活動をしている//してるつもり、のおじさんか、かつてみのもんたのそっくりさんとして一世を風靡したが、今は(当のみのもんたが消えたせいで)仕事を失ったそっくり芸人、という設定が頭に浮かぶ。あるいは単純にずっと御法川に似てると言われいじられてきた、というのもいいだろう。おじさんは日頃から「おい御法川!」などと言われ同僚からからかわれ、肩身の狭い毎日を送っていた。合コンに呼ばれても部屋に入るなり女の子に御法川入ってきたんですけどーとか言って笑われひと笑い取れれば即帰らされるネタ要員。こうして生きて行くうちにおじさんの心は歪みに歪み、ついには自分の人生も見失って(あるいは人のせいにするのに落ち着いて)流通倉庫のピッキングのバイトをする人形になってしまった。それだけならブルースでもないただのかなしい話だが、おじさんに何か色を添えることによってより一層おじさんをみじめに見せることができるなら、ぜひそういうアイデアを閃きたいものである。こうして思考がおじさんの周りをぐるぐると回り始める。

1. おじさんはみのもんたのモノマネタレントを目指してる50歳フリーター
2. おじさんはかつてモノマネタレントとして2つくらいのTV番組に出たことがある50歳フリーター
3. おじさんはみのもんたと顔が似ていることで皆からいじめられ、そのせいで心が歪んでしまった50歳フリーター
4. おじさんは自分はみのもんたと顔が似ている、だから皆にいじめられるんだと一人合点しているが、実際は別にそういうことではない、とにかくただの50歳フリーター
5. おじさんは昔一度だけみのもんたに似てると言われたことがあって、それ以来自分もモノマネタレントになれば一攫千金なのにチャンスが回ってこないなと思い、毎週日曜になると渋谷の街をウロウロしてスカウトされるのを待っている、とにかくただの50歳フリーター

ざっと思いついたものを5つほど書いてみたが、この中で選ぶなら5だろうか。5を設定として取り入れることで、ストーリーにも最低一度は場面転換の機会がやってくることとなり、起承転結を作りやすくなる。さらに渋谷という街中を設定することによって、おじさんが暴れた時おもしろいことになりそうだなーという感じを出すことができる。この感じを出すためには倉庫と渋谷の場面を最低2セットは繰り返さなければならない。と考えたところで「おじさんが暴れる」のが話のクライマックスとして固まってくる。

だんだんストーリーが煮詰まってきた。

このストーリーの基本的なあらすじは、

1. 50歳のいろいろきてるフリーターのおじさん(生涯で一度だけ御法川法男に似てると言われたことがあり、以来それを引きずって生きている。夢はモノマネタレント)が、
2. モノマネタレントに憧れスカウト待ちをしながら倉庫と渋谷を行き来する生活を送るが、
3. なんだかんだでブチギレて
4. すべてがオシャカになる(?)

である。この時点で1と2はあとは細部の演出で膨らませれば良い。ここで次に考える必要があるのはまだ骨組みだけであやふやな3と4である。まずエンディングとしてどういったものが一番良いのか、「レイジ・みのもんた」(別にいいエンディングが決まればこの言葉がタイトルである必要もないのだが)というフレーズにハマるのか、ということから考えていこう。

僕はシンプルに渋谷の交番でおまわりさんに、「で、あんた誰なの?」ときかれ、いろいろあって血まみれになった顔面でにやりと笑いながら、「みのもんたです。」と言ってるおじさんのアップ顔が頭に浮かんだ。最終ページを大小2コマとし、大きい方のコマを2コマ目に持ってきて、1コマ目で警察におじさんの方を向きながら質問をさせる。そして大きな2コマ目におじさんのアップ顔がきて終了である。今のところこれ以上ちょうどいいオチは思いつかなそうなのでここから3の部分を演繹する。

おじさんは最終ページで渋谷の交番にいるのでおそらく暴れたのは渋谷近郊である。そのきっかけはいくらか考えられるが、ここで押さえておきたいポイントはおじさんは日常的習慣的に渋谷に行っているということで、だからおじさんは渋谷でいくら若いひとにバカにされても、その程度で即ブチ切れるということはないだろうということ、バカにされる程度はしょっちゅう受けているだろう、ということである。何か先にきっかけになったものがあって、それが渋谷に来たことで爆発したと考えた方が流れとして自然である。こういう自然さも考えると話が浮かぶきっかけになるので詰まった時はそういうことを考えるようにしている。ここでイライラを抱えながら一人満員電車に揺られながら渋谷駅の出口を出るおじさんの姿が浮かぶ。おじさんは電車に乗る前からイライラを抱えていた。ではそれはいつからだろうか。

例えばここでおじさんの住んでいたアパートの立ち退き勧告が出ていた、みたいな設定をつけてもいいが、そんな長いページ数になるような話ではないので、倉庫と渋谷に続いて家までも場面として存在感を大きくしてしまうと全体のバランスが悪くなってしまう。なので立ち退き勧告というアイデアじたいはとても哀れで笑えるので採用するとして、それはイライラの加速度を上げたギアチェンジ的なもので、本当の最初の踏み込みはやはり倉庫バイトの中で起きた、ということにしてみたい。そのイライラをおじさんが一人延々増幅させ、それが渋谷で狂気となって大爆発したのである。ここでの狂気の爆発は、「いきなりおじさんがみのもんたが街ブラでロケをしているような口調で周囲のひとに話しかけたり、店に入って勝手にひとのものを食べたりした。」ということにしてみよう。そしてその口調がめちゃくちゃ似ていて、まわりのひとが「みのもんたが暴れてるぞ!!」とか騒いでいたらおもしろいだろう。それがおじさんの唯一のモノマネの発露であり同時に終わりの瞬間であった。その起爆はやはり夢を否定されたり、おじさんのダラダラとした日常を正面から否定する人間の登場、そしてその人間のド正論すぎておじさんごときではとても否定できないようなキラキラ感にあるのではないかと思う。ここでおじさんが倉庫の隅っこで、仕事のできなさを誰かに注意され、そうしてその過程で悩み相談的に自分の話を聞いてくれたその人に不意に持ち前の無防備さによって自分の思いの丈をさらけだしてしまった結果、それをあっさりと常識的に否定され、以来おじさんの脳みそでは彼の否定に対する反論が全く用意できず、同時に焼け付くような憎しみだけが募り、その結果心が爆発してしまう、というのはどうだろうか。そしてこの展開に持っていくには日ごろ何も仕事ができないと周知されているおじさんが、それでも注意の対象になってしまう程度に仕事ができなくなるもう一つのきっかけがいるだろう。それは些細なものでも構わないはずだし、おじさんは日ごろからずっと仕事ができないのだからちょっと余計に仕事ができなくなっただけでそれは十分に退場勧告に値するだろう。それはバイトリーダーとの失恋だろうか?いや、それよりも仕事ができないのろまなクズだと思っていた年下の顔のやつれたデブが、実はFxでバリバリ資産を動かす資本家(このへんはよくわからないので本編中でもふわっとさせておく)で、ただ一度失敗したためにたまたま資金集めでアルバイトをしていただけだった、というのを若いバイト仲間から聞く、というのはどうだろうか。ある日バイト先にそのデブが来なくなる。おじさんはどうせ仕事がいやになって逃げ出したのだろうと一人合点し、これだから仕事のできない軟弱者はだめなんだよ、という。吹聴してまわっていてもいいかもしれない。するとまたしばらくたった別のある日、おじさんは渋谷の書店でどうみても彼にしか見えない男が表紙にうつる『偉大なる復活劇』みたいなタイトルの投資のHow to本を見る。あるいは家で彼の出ているテレビ番組を見る。その翌朝おじさんが倉庫の食堂で一人ご飯を食べていると、後ろで仕事のできる若い学生アルバイターが尊敬の眼差しでデブのことをうわさしているのを聞く。「俺一度喫煙室で話したことあるけどあのひと実はすごいトレーダーで・・」そして話し終えた後、彼らが自分に一瞥を向けたことにおじさんは気がつく。そういえばあのジジイあの人のことかなり下に見てたよな・・俺たちもあの人のこと知らなかったから何も言わなかったけど、今となってはさぁ・・。おじさんはそこで茫然自失の状態になり、自分でも気がつかないままその時から確実におじさんの心のなかでこれまで人生の中で培ってきたみみっちいレガシーのようなものが崩れ去っていく。おじさんはもうそんな自分を修正することはできず、毎日をただ”不思議なイライラ”感、を湛えたまま生きていく。しかしその表面張力ギリギリまで水の張ったような状態はいつまでも続かず、ついには憧れのおばさんバイトリーダーにさえもおじさんは牙をむくようになる。倉庫の社員にも返事をせず、「はい」の代わりに口の中でモゴモゴと何かをいう。誰にも目を合わせない。仕事も雑になる。ついには社員のそこそこ偉い人(いつもおじさんに挨拶をしてくれた管理職の人)に面と向かって注意と説教をされるが、その際にやさしい口調で何か悩みはないのか聞かれ、自分の人生をポロポロ話すうちについみのもんたのことを言ってしまい、「君ぃ、それは無理だよ。」的なことを言われて完全に心にヒビが入る。
そしてそんなことがあった一週間が終わり最初の休日、おじさんはいつものように渋谷へ向かう電車の中でついに決壊する。電車のつり革にはフライデーの広告があって芸能ニュースが見出しで並んでいる。その中でみのもんたの名前を見つけるおじさん。その時おじさんは不意に自分がみのもんたでないことが猛烈に許せなくなり、思わず叫ぶ。「俺はみのもんたなんだ!思いっきりテレビなんだ!」。満員電車、隣の就活生とおぼしき女子大生は半分泣きそうな顔で携帯の画面を凝視してLINEを打っている。おじさんは一人自分のひざを見ながら、自分の”今、そうであってほしい自分の設定”みたいなことを延々言っている。「午後は◯◯・・」そして渋谷到着、エンディングに至る。

完成したストーリーライン:

1. 主人公、50歳一人暮らしの倉庫派遣バイター。かつて一度だけみのもんたに似てると言われたことがあり、それを生きがいに生きている。いつか誰かが自分をスカウトしてくれれば、モノマネタレントとして人生大逆転できるのに、と夢想して生きている。バイトでは仕事ができず一番仕事のできない人が行く場所で働いている。
2. 主人公は派遣会社の社長を憎んでおり、倉庫バイトの同僚のバイトリーダーの40代女性に淡い恋心を抱き、かつ彼女と一度会話しているのを目撃したことがある、顔のやつれたデブの40代男のことを憎んでいる。同僚のほとんどである大学生男子からは馬鹿にされることすらなく、人でないものとして距離を置かれている。
3. みじめなバイトの日々が続く。ある日下に見ていた40代でぶがバイトにこなくなる。次の日、渋谷でいつものようにスカウトを待っていると、おじさんはふとテレビに写るでぶの姿を見る。それはでぶがトレーダーとして再起したことを知らせるニュースだった。店頭にもでぶの顔が表紙の本が並ぶ。
4. 見下していたでぶが自分よりずっと高位の存在であることを知り、おじさんは徐々に仕事に身が入らなくなる。みかねた倉庫の社員がおじさんに説教をする。その真摯な言葉におじさんはつい、みのもんたのモノマネタレントになりたいと思って生きている、という本心を吐露する。社員は一言でそれを否定し、真面目に仕事しなさい的なことを言う。おじさん言葉を失い、心に亀裂が入る。
5. 次の週末、おじさんは電車で渋谷に向かう。車内は満員。いつの間にかずっとぶつぶつ独り言を言っていたおじさんに誰かが注意し、おじさんが爆発する。渋谷駅を降りてもおじさんの爆発は止まらず、おじさんはついに自分をみのもんたに扮して街ロケごっこを始めた。飲食店に入り、「お母さん!ラーメン!」と言ってラーメンを注文し、誰もいないテーブルの正面を向いて「おいしいねー」とか言うおじさん。そして金を払わずに店を出ようとして店主に引きとめられ、そこで「俺はみのもんただぞ!」といって暴れ出す。やがて出前から帰ってきたHIPHOP系の若者(店主の息子)にボコボコにされ警察に引き渡される。
6. 渋谷の駅前交番で事情を聞かれるおじさん。ところがもはや話しは通じず、呆れた警官に名前を聞かれたおじさんは、血まみれの顔で「みのもんたです。」と言い、にっこり笑う。

これでストーリーラインはとりあえず完成した。

あとは実際にネームを描いて様子を見るといったところだが、文章のはじめの方でも少し触れたように、実際の漫画作業としては消しゴムで1コマ消したり台詞を書き直したりして、これまで文章で長々と描いたことをほとんどネーム作業、としてやっている。どこまでアイデア出しをしてどこからネームを描いていくかはその時々だが、具体的にページ数がそんなにかさまないな、というアイデアや、少しネームを描いてみないと話しが見えてこないような話しは率先してネームから描き始める場合が多い。ある程度書き進め修正していくうちに見えてくる話もあるし、そういった単調な作業の繰り返しが自分にとってのネーム制作、ストーリー作りである。そしてある程度ネームが固まれば、最終的にそれを下書きの段階に持って行き、下書きでネームを全て原稿用紙に移した後で、細部のコマの大きさなどを整え最終確認をして、それでも問題がなさそうなら最終段階であるペン入れ作業に入る。

もっともこれはアナログ原稿で漫画を制作する場合に限ってのことで、デジタルで作業する場合はネームの段階でネームをそのまま下書きとして使用し、1コマだけを完成までペン入れするようなことが可能なので、あやふやな演出が決まらないところはとりあえず放置して他の部分を完成まで持って行き、その作業をしながらその部分のネームを考える、という場合もある。いずれにせよ自分にとってはネームを描く作業がまんがを描く作業のほとんどであり、そこでの労苦が終わればあとは全自動ペン入れ機と化すだけなので、アナログ原稿で言うところの下書き以降の工程(下書き・ペン入れ・ベタ・トーンなど)については特にこれといって書くべきことが見当たらない。ただ単純に単調に線を書き、それをなぞっていくだけである。また既にペン入れの技法などについては無数の解説書が出ており、ネットでも参照にできるWebサイトが非常に多いので、それを読んだ方が良いと思う。僕もペン入れやトーンなどでわからないことがあったらとりあえずググって、そこで出てくる方法をそのまま使うことが多い。

なおこれまで書いてきたストーリー制作法はページ数指定・ジャンル指定の全くない場合の方法で、例えばページ数が36pと限定されるのであれば、上の二択で演出・展開を決める場合によりページ数が少なくなるだろう方を選んだり、全部書いてから36pに収まるよう細部の演出を調整したりと、それはそれで様々な方法を使う。例えば1pごとに何がどこまで起きるかを順番に書いていき、それからそれをネーム(漫画のコマ割り)で書いてごちゃごちゃせずすっきりと表現できるか確認する、といった方法である。

いずれにせよまず第一に

1. ネームを作りながらでもなんでも真っ先にストーリーを完成させ、
2. あとはそれをうまく表現できるようコマ割などを調整したあとに、
3. 最後に下書き→ペン入れという仕上げの工程に入る

という点は変わりはない。

下書きとペン入れというのはあくまで版下作業であり、極論を言うと「”全部塗ったらマンガになるぬり絵”をぬる工程」みたいなものである。だからおおもとの「ぬり絵」の部分であるストーリー・ネームがつまらないと漫画もすべて退屈なものになってしまう。
圧倒的な画力の高さでそれをだまらせてしまうような漫画(女の子がかわいければいい、風景とか細部の描写まで細かく描き込んでるのがいい、とか)もあるが、僕は圧倒的に画力が低いのでそのような漫画を描くことができない。なので仕方なくこういった漫画の作り方で漫画を描いている。

実際賞を目指して漫画を描く場合は、こうして描き始める前に送りたい賞の応募要項を確認しておくことも非常に重要である。大抵の賞の応募要項はページ数や、「デジタルの場合はコピーを添付してCDーRで送ってください」といった指定があるのみで、およそ16p以上40p未満の漫画を描いていれば大抵の賞に見てもらえるとは思うが(※個人的な感想)、ごく稀に漫画のテーマを指定してくるものや、デジタルorアナログ原稿のどちらかが不可の賞もある。逆に既出の作品や出版したオリジナルの同人誌、pixivに投稿した作品でもURLだけで応募を受け付けるような賞もあるので、いろんな意味で漫画賞は常にチェックしておいて損はないものである。マンナビというサイトが様々な賞を期間を絞って検索することができるので非常にオススメである。

僕は「漫画家を目指して漫画を描く」という典型的な雑誌連載目指し人間なので、未だ何かアニメやゲームなどの同人誌を描いたことはなく、そちらのノウハウもないが、同人のストーリーの場合でもこれまで書いてきたネームの作り方を使って特に問題なくストーリーを作ることができると思う。例えば今流行りのけものフレンズで、サーバルちゃんとサーバルちゃんを狩りにきたスティーブン・セガールがリアル狩りごっこをする同人誌などは非常におもしろそうである。(でもないか・・・。)

漫画を描く過程を文章で伝えるのは非常に難しいことである。問題なのはネームを描くこともストーリーを描くことも、文章を書くことも絵を描くことも、漫画を描く、という行為の中では全部同時に起こってしまい、その中のどれか1つをとって定点観測するような書き方ができないからである。この文章は漫画を描くことを文章で伝えることを目指して書いたものだが、実際これまで文章で書いてきた「レイジ・みのもんた」はこのままプロットとして漫画に流用でき、ネームの元として使えるものである。だからこの文章を書く行為も、漫画という完成を目指すなら、漫画を描く、という工程の1つであったことになる。

この文章では漫画を描くこと=ネームを描くこととし、さらにネームを描くこと=ストーリーを描くこととして、自分がストーリーを作る流れとして文章を書いた。そのため制作の過程を文章で書くというよりは、その間の自分の思考の流れを文章にしたようなものになってしまって、実際のネームを描く作業の文章化からは少し外れている。僕自身は漫画を描く時、特にコマ割りに関して考えていることは、全体的なバランスよりも、次のシーンを描く際に、紙の上にはどれくらいスペースが残っているか、ということである。ストーリーを漫画のコマで表現するということは、ストーリーを各コマに配分して、いわば一度バラバラしたパズルを再び組み立てるか、あるいはケーキの上に少しずつクリームでデコレーションしていく工程に近い。つまり1コマ分ストーリーを紙の上に配置したら、その1枚の紙の上に配置できる残りのストーリーの面積は、実際の紙の残り面積に等しいものとなる。そして1コマ描くたびに減っていく原稿の残り面積と、次に絞りたいストーリーの面積を照らし合わせて全体のバランスが悪くならないように紙の上に次のストーリー分のコマを広げる、この連続が自分にとってのネーム作りである。

16pの漫画も32pの漫画も、32pで表現しているからその長さなだけであって、もともとは1枚の紙にすべてコマを並べることはできるのである。漫画を32pにしたり、1pのコマ数を数コマにしているのはそれを読む人間の見やすさ、という体感的な問題であり、この点が漫画と他の紙媒体メディアで違うのは、小説は初版の文字のフォントが小さくても改版の際にいくらでも文字を大きくして読みやすくすることができるが、漫画は初版の、最初の原稿にペン入れした際の、ネームに書いた際のコマの大きさが未来永劫残り続ける、ということである。だから漫画のコマ割りで自分が考えているのは単純に大きい方が見やすい、ということと一度描いてしまうと取り返しのつかないものだから気をつける、ということである。そうしてコマを各ページに見やすく配分した後、最後に全体のコマ割りやコマの大きさ、視線で追った際の流れのスムーズさなどを調節するようにしている。小説はページを1枚めくった時最初にくる文字が版ごとに変わっても大きな問題はないが、漫画はその部分にも配慮する必要が多分にあるからである。(漫画はその部分の配慮で魅せるヒョーゲンだとも言える。)

また漫画のキャラクター設定についてであるが、僕はこれまで文章で書いてきた通り、設定はニュアンスだけ決めて、あとはセリフとか全部考えた後に、「こんなこと言うやつはこんなルックス」と偏見で見た目を決めていくといった作り方をしている。また、普段からプロトタイプ的な、手塚治虫の漫画に何度も出てくる、出てくるたびに違った設定になっている同じ顔の登場人物(ロックとかヒゲオヤジとかなんとかランプとか)のような、俳優的なキャラクターを何人か用意して代用的に彼らを使ってネームを描いており、そうしてざっくりとネームを描いた後に、一人一人のキャラクターについて、そこで使ったプロトタイプ的なキャラを元にしてキャラクターを作っていく。上に書いたおじさん、にもプロトタイプ的なキャラはいるし、不良中学生とかバイトの大学生とかも同じようなキャラがいる。そしてそれをそのまま使っても問題なさそうならプロトタイプ的なキャラクターをそのまま本番(?)でも使うことが大半である。だから僕はあまりキャラクターの設定を0から、ストーリーを作る前の段階で作るといった漫画作りはあまりしたことがない。ファンタジー漫画など、マガジンなどの賞に送る時は一度ストーリーを作る前に設定を考えようとして作ってみたこともあったが、いずれにせよ先に人物ができるとストーリーの方がそれにつられて歪む気がして、あまりその方法はうまく使えたためしがない。だからその点についてはあまり参考にならない制作方法だと思う。ジョジョの荒木飛呂彦が1人のキャラクターについて1つ履歴書を作ると言っていたのを真似したこともあったが、こんなの考えても意味ないだろと思ってすぐやめてしまった。この世にいない人の人生なんてあってもなくても同じだと思う。

最後に自分の漫画作りの流れをざっくりとまとめてみる。

1. フレーズや発想などからストーリーラインを作っていく。
2. ネームを描きながら、あるいは文章で、その時その時の一番良いだろうという方法でストーリーラインをひたすら作る。(この時セリフも決める。)
3. ストーリーラインが決まり、セリフも要所要所のものが決まったら、一度ネームとして清書する。(あるいはここまで全部ネーム作業としてやる。)
4. 原稿用紙に下書き。ネームを1つ1つ確認しながら原稿用紙に移して描き、必要だったらその都度修正する。
5. ペン入れと仕上げ。いたって普通。ふきだしを描き、人物に線を入れ、手前のものから順番に線を入れていく。線を入れ終わればベタ、トーン。
6. なおデジタル作画の場合は4−6を同時に行うこともある。下書き・ネームなしでそのまま描くこともある。

自分にとってやはり漫画作りの山はネームの段階にある。それさえできればあとはすべて仕上げ作業のようなものである。なのでその過程ばかりに絞った独り言のような文章になってしまったが、それでも誰かの参考になればうれしいです。

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カッコいい印刷とは何かを考える

印刷にはカッコいいものと、ダサいものが存在しています。このように書いてしまうと語弊があるかもしれませんが、印刷にもしや何かがあるかもしれない、という信頼が無ければダサくなるのは当然の話しなのです。カッコいい印刷を考える時、単に特殊加工が優れているからと言って安易に手を出して、カッコイイ!と言ってしまっては、とてもダサいと思うのです。それは加工がカッコいいのであって、その印刷物に課せられたカッコいいでは決してありません。では印刷のカッコよさって、なんなのでしょうか。もしそれが、ある一定のカッコいいを維持出来ているのだとすれば、白い紙に黒いインキで刷るだけでカッコよくなるはずです。刷るにふさわしいものが作れているか、とか、その内容に合った文字組みが出来ているか、とか、それはキチンと勉強出来たものであるか、など、その完成度によって、まったくの同じ技法を使っていたとしても、印刷はカッコよくもなり、ダサくもなるのです。私たちはその準備をしなくてはなりません。自分たちが置かれている状況を判断し、必要な印刷とその技法を導きだすのです。もちろん、ファッションとして考えるのも良いかもしれません。加工がカッコいいから!は、もしかしたら、加工所の提案がしっかりしているからかもしれません。ならば、その結果としての印刷物も、それにふさわしい内容で、カッコよく作らなくてはバランスを崩し、どうしてもダサくなってしまうのです。こんな事を書いてしまうのは、加工所にとってマイナスになる事はとても分かっているのですが、必要のない技術は消えます。だからこそ、印刷を愛する私たちは印刷というものをカッコよく仕上げなくてはならないのです。消えてしまうかもしれない技術に対して、準備して、どのような印刷という策定を持ちうるか考慮しなければなりません。それは、同時に印刷への育みとなります。ある一定のシーンでの印刷を考えた時、一定の策定では加工を変えただけで、その加工の変化に必要性がありません。そうではなく、何を用意しなければならないか、カッコいい印刷を考える時、もしくは、印刷がカッコいい時、そのシーンの中での育みが、印刷とともにある事を願っています。

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ボードゲーム論考

ボードゲームが流行っている、そんな噂を聞いたのは数年前参加したコミティアで、同日開催されていたゲームマーケットというイベントを知ったことがきっかけだった。

最後に買ったハードがPS2で生涯一番遊んだゲームがスーファミのマリオという僕のようなあまりゲームに縁のない人間にとっては、ゲームマーケットというのはセガとか任天堂とかいった有名なゲーム会社が新作の発表をして、その度会場がワーッと盛り上がるような、そういう外人4コマの元ネタのような世界が広がっている場所だと思っていた。

しかし実はゲームマーケットにはTVゲームやアーケードゲームの筐体のような電源必須のゲームは一切出展されておらず、完全に電源不要のアナログゲームだけを扱ったイベントになっているということを知り、僕の中で一気にイベントへの関心と、そもそもアナログゲームでイベントってどういうことだ?という疑問が膨らんだ。コミティアの会場は例年コミケと同じ東京ビックサイト、ゲームマーケットもその中でいくつかのホールを貸し切って開催されている。つまりそれだけの規模の需要が今この日本にあるということである。それは一体どういうことなのだろうか?僕にとってそれはあまりにも意外すぎる現実だった。

一般に日本人の日常におけるボードゲームとはどんな存在か、またはどんな存在だったか。日本のボードゲームシーンについて思うことを書いていく前に、まずはシーンの外側から見たボードゲームについて、僕個人の、ボードゲームに対して愛着を抱いているわけでも嫌悪感を抱いているわけでもない、ごくごく普通の当たり障りのない付き合いをしてきた人間の回想として、少しだけ簡潔に振り返っていきたい。

ボードゲームといういう言葉を聞いて、僕がまずパッと頭に思い浮かべるのは「人生ゲーム」や「すごろく」といったサイコロを使うゲームだが、実は将棋やオセロ、チェスといったゲームも定義によればボードゲームに含まれているらしい。何か盤のようなものがあって、その上でゲームが展開されるものであれば何でもボードゲームと呼んでいいようだ。
また、記憶を遡ってみるに、将棋やオセロ、人生ゲームやすごろくをそれぞれ「それ」、としてプレイしたことはあっても、それらを「ボードゲーム」として意識して見たことはなかった気がする。どれもルーツがバラバラだし、ルールもそれぞれ別にあるし、そしてどれも混ぜて遊べないくらい確固たる個性と完成度を持っている。
だからそれらは自分にとって完全に別の「ゲーム」であり、すごろくや人生ゲームと一緒くたに意識することはまずなかった。何か統合的な括りがあったとするなら、「ボードゲーム
」というよりは、それらをトランプやUNOなどのカードゲームと全部一緒にして(「TVゲーム」に対する)「アナログゲーム」として認識していたような気がする。

「アナログゲーム」はスーパーファミコンであったり、プレイステーションであったりの新作ソフトが常に発表され続け、そのどれもがすばらしくおもしろく、同時にポケットモンスターなどソフト単位での大ヒットの渦中にもいた小学生当時の僕(平成生まれ)にとっては圧倒的にださい遊びであり、おそらく僕の周りの友達にとっても、常にテレビゲームの下位互換のさらに下位互換のような存在だった(下位互換はたまごっちなどのそれでしか遊べない携帯ゲーム)。友達の家に行ってアナログゲームで遊んだ記憶はないし、そんなゲームで遊ぼうと誘ってくるクラスメートには何か家庭の問題があるんじゃないかと不安になった。それならむしろ鬼ごっことかの方が楽しかったしずっとダサくなかった。まだ自分の家にテレビゲームがなかった頃、それだけで自分には友達を家に呼ぶ理由がないと思ったのを覚えている。だから将棋やオセロも何もかも、テレビゲーム以外のゲームは恥ずかしいものとして大人以外とはあまり遊ばないのが普通だった。アナログゲームはテレビゲームを知らない人と遊ぶ時のゲーム、テレビゲームがないとき代わりに遊ぶ無人島のサバイバル術みたいな消極的な遊びという感じだったと思う。町内会のビンゴ大会が関の山といった感じだ。けれども世代的にアナログゲームと無縁だったかというとむしろそうではなく、例えば『遊戯王』のような爆発的にヒットしたカードゲームがいつもそばにあった。

『遊戯王』は今でこそカードゲームが有名だが、元はジャンプで連載されていた漫画作品で、連載当初は世界のさまざまなおもちゃやボードゲームを、主人公がそれを使って敵とバトルするいう形で紹介していくという少しトリッキーな漫画として始まった。だから紹介されるホビーとしてガレージキットなど『遊戯王』を通して知った世界もあるし、海の向こうに様々なゲームがあること、TRPGなどの存在もこの漫画を通して知った。そしてそんな漫画作品の途中から本編に登場し、そのままカードゲーム化されたのが『遊戯王 デュエルモンスターズ』で、これは当初カードダス形式で販売されていたが、ブースターパックが販売された途端爆発的に流行した。レアなカードには1枚3000円近い値段がつけられ、それを買い求めて大勢の子供が生まれて初めて近所のおもちゃ屋、ホビーショップに足を運んだ。そこには子供達が遊戯王カードの入ったファイルに夢中になる中、ガラスケースの向こうには多くの海外のボードゲームが整然と並んでいた。
僕の場合それが海外のボードゲームの実物を見た初めてだったと思う。店にはそういったゲームのプレイ用テーブルも併設されていたが、大抵遊戯王ブームにわく子供達に占領されており、逆に普段のこの店の利用客層であろうおじさんたちの居場所がなかった。店内は常に子供の声で騒がしく、時々なんだか年季の入った感じの常連っぽいおじさんがデカい箱を介して店長と熱いトークを繰り広げている場面に出くわしたりする以外はそういうものに対する「ちゃんと買う人がいる」場面も見たことがなかった。ケースの向こうのゲームはいつも日に焼けており、結局一度もそれが開かれるところを見たことはなかった。そしてそんなゲームの正体に触れることのないまま、いつしか店は潰れ、気がつけばブームも終わり、そういったカードゲームが流行し続けていることを知りつつも、もう自分ではやろうと思うこともなくぼんやりと距離を置く日々が続いていった。
しかし思えばその時の経験、遊戯王というカードゲームの流行を通じて様々なアナログゲームの存在やその世界の入り口を経験した人は無数にいるのではないかと思う。

だからゲームマーケットがアナログゲームのイベントであると知った時、僕の脳裏に真っ先に浮かんだのは遊戯王やそれ以降雨後の筍のように大量発生した同系のカードゲームのことだった。それだけならある種簡単に納得できる現象だった。なのでそこで「ボードゲームが流行している」という話を聞いた時、僕は衝撃というより純粋な無知から来る疑問でいっぱいになった。上でも書いたようにその時点で自分が知っていたボードゲームと言えばすごろくや人生ゲーム止まりで、どれも桃太郎電鉄みたいにテレビゲームでやった方がおもしろい、むしろそういうゲームに基盤を提供するためだけに存在しているような、そんなどうしようもないゲームばかりだった。打ち棄てられた歴史の遺物、それだけがボードゲームという言葉のイメージを形成していた。だからそれが”流行る”とはどういうことなのか、その皆目見当の付かない感じにかえって引き込まれていく自分がいた。ボードゲームはそれくらい自分にとって異文化だった。

ここまで書いたことをまとめると、ボードゲームとはごくごく普通の(少なくとも本人はそう思う)幼少期を過ごした人間にとって、遊戯王のようなメジャー、けれどもぼくらの世代の間だけで流行していたようなカードゲーム以上に、フツーに生きているだけではまず目にすることも触れることもない娯楽だった、いうことだ。自分の経験を簡単に一般化するのはあまりよくないことだと思うし、記憶以外のどこにも根拠のない話ではあるが、友達が皆64やゲームボーイカラーを持っていたあの時期、それらの友達が、いやその中の誰か一人だけでも、『カルカソンヌ』や『カタン』をこっそり持っていたとはとても考えられない。小学生の流行の最先端であるコロコロコミックにもアナログゲームの特集が載っていた記憶はないから、当時全国的に見ても小学生の間でアナログのボードゲームが浸透していたということはなかったように思う。ボードゲームはあっても高いし、まず現物を置いている実店舗がカードゲームより圧倒的に少ない。そしてそういうお店に足を運ぶ人はあまたの趣味の中でもごく一部の大人達だけで、最初から圧倒的にハードルが高いというイメージが常にあった。漫画『遊戯王』のTRPG編のような、金持ちの子供が稀に持っていたりする金の張る遊び、そんなイメージが実際にボードゲームをプレイしてみるまで付きまとっていた。

僕が実際にボードゲームをプレイしたのはつい最近のことで、遊んだ種類もあまり多くないが、今この文章を書くにあたってAmazonでざっとプレイしたタイトルを調べてみたところ、レビューの多くついている、人気の高い定番的なゲームはある程度遊べているということがわかった。まだ自分でゲームを買ったことはないし、人に誘われた時だけプレイするという感じで、専門店やイベントに自分から足を運んだこともないが、家にテレビゲームのない、友達の家に遊びに行った時しかPSで遊べない子供のような視点から実際のゲームプレイを通じてボードゲームという文化に触れた感想を書いていきたいと思う。

ぼくが最初に大きな衝撃を受けたボードゲームは『プエルトリコ』という作品で、このゲームは港を舞台に、よその植民地と交易を重ねながら一番資本を獲得できた人が勝ち、というゲームである。この簡単な説明だけで、「え?アナログゲームだよね?」と思ってしまう人もいるかもしれないが、ゲームはずっしりとした重量の箱に入った各自それぞれ固有のボードと数種類のコマ、カードを使って約90分から120分ほどの時間をかけてプレイする。まるでプレステのシュミレーションゲームをそのままテレビの世界から引きずりだしてきたような、それでいて生身の人間の思考が激突することによりテレビゲームでは考えられないほどの奥行きと先の読めなさで展開していく重厚な戦略ゲームで、プレイした後は異常な疲労感に苛まれるほどである。僕はこのゲーム以前にも数種類のボードゲームをプレイしていたが、それでもこの時感じた、アナログゲームの持つ圧倒的なポテンシャルの衝撃には未だそれを超える感動を味わえていないままである。アナログゲームのイベントが東京ビックサイトで開催される理由や、ボードゲームが流行っている理由も、言葉ではなくそのプレイ1回で理解できたほど、『プエルトリコ』というゲームは圧倒的だった。これくらいおもしろければ流行って当たり前、一言で言ってしまえばそれくらい大きな高揚感を、アナログゲームという文化に対してその時感じた。

それ以外のゲームについてもおもしろいものはたくさんあり、種類がありすぎてとても1つ1つ紹介していけないのだが、全体的なざっくりとした印象として、「これは金脈だな。」と感じた。ロックを知らない人が初めてApple Musicでロックの名盤を1枚聴き、その後そんなアルバムがまだ1000枚も2000枚も眠っていることを知って味わう、その世界にどハマりしていくことへのちょっとした恐怖と、こんなの知ってしまっていいの?という何だか誰かに申し訳ないような喜びのないまぜになった感情である。
日本ではボードゲームという文化自体がまだ手付かずの荒地だが、海外ではもう既に素晴らしくハイレベルの作品が出尽くしたと言っていいほど出版されており、そしてそんな宝の山の一部が少しずつ日本にも翻訳されて入荷されてくるという安定した環境。アマゾンを使えば翻訳されていないゲームだって手に入れることができるし、あとはプレイする時間さえ作れば遊び放題の無限大の世界が広がっている。『プエルトリコ』のようなゲームだって何十種類と出ているのである。一度知れば10年は遊べる世界。アナログゲームは常にテレビゲームの下で、そしてテレビゲームは常にアナログゲームの上だという、自分のゲームに対する浅はかな理解も、複数のゲームをプレイしていくうちにたちまち修正されていった。またおもしろいと紹介された日本のゲームがどれも、海外のゲームに負けず劣らずおもしろい作品ばかりだったという点も嬉しい驚きだった。

結論として実際にアナログゲームをプレイしてみてわかったことは、アナログゲームというのは外面は非常にとっつきにくい文化ではあるが、いざ体験してみると抜群に面白く、ゲームマーケットの規模のイベントが開催されることも一瞬で納得できるほどの世界であること、また日本においても既に紹介や啓蒙の段階を超え、国産オリジナルのハイクオリティなゲームが生まれ、それが他の海外産のゲームと混ざって浸透していくほどカルチャーとして成熟していた、ということである。ゲームマーケットはそんな日本のボードゲームカルチャーの今を、目に見える形で具現化した場所なのかもしれない。

非常に前置きが長くなってしまったが、これから日本のボードゲームシーンについていくつか思うことを書いていきたい。

「日本のボードゲームシーン」と書いたが、まず冒頭のアナログゲーム専門のイベントであるゲームマーケットについて個人的に感じているのは、上でも少し触れたように、やはり(アナログゲームをボードゲームとカードゲームという2種類のゲームの市場とした場合)どちらかというとカードゲーム主体のイベントなのではないかということである。

海外の事情は知らないが、体感として日本は非常にボードゲームを入手することが難しい国であると思う。カードゲームはブシロードなどオタクカルチャーを飲み込んだ企業が大きく成長を遂げることに成功したが、ボードゲームではまだそれができていない。入手が難しいというのも別段規制などがされているわけではないのだが、シンプルに買える店がまだまだ少ない、ということだ。そしていつも行くような店にはまず絶対に並んでいない。

またカードゲームとのストレートな相違として、カードゲームは書店でも販売しているが、ボードゲームはおもちゃ屋などにしか置いていない、という点も挙げられる。それも小さなチェーン店などではまずお目にかからない。カードゲームも書店で販売されているとはいえ、扱われているのは基本的にオタクっぽい絵が描いてある萌え系のカードゲームとか、コレクター向けのスポーツカード、遊戯王系の漫画とタイアップしたようなカードゲームが主流で、『ハゲタカのえじき』などが買えないという点ではボードゲームと扱いが同じなのだが、それでも買える場所の有無という点には大きな違いがあると思う。1種類でも手に入るのとどんな種類も手に入らないのでは雲泥の差がある。ボードゲームはコンビニにも置いていないし、あったとしてもマグネットの将棋盤かオセロくらいである。

そもそも日本人に大人が洋物のボードゲームで遊ぶ習慣があるかも謎で、バブル期の日本人すらそんなことはしていなかったように思う。おじさんは麻雀か将棋、いっても花札かトランプが関の山ではないだろうか?(もうこの時点でボードゲームではなくなっているが)パチンコや競馬に比べるとボードゲームは少しお上品すぎるし、ルールを覚えるのにもある程度の知性がいる。特に海外のゲームだと、年齢制限が何歳以上が遊べて、そもそも何歳くらいまで遊ぶものなのかもよくわからない。すごろくや人生ゲームといったいって中学生くらいまでが遊ぶゲームを基準に考えるなら、シンプルに言って市民権がないと言っていいだろう。
あくまで鉄道やプラモデルと一緒の一部の、線を引かれた向こうの世界の人々だけに熱烈に愛されている趣味の1つであることは僕の小学校時代、2000年代初頭から根本的には変化しておらず、その中で線の内側の人数が増えることはあれ、未だ文化そのものはそのラインを超えていないのが実情ではないだろうか。

しかし一方でボードゲームを買うには至らないまでも、ボードゲームをプレイすること自体や、そういったことができる場所などは増えている、という現象も起きているらしい。ボードゲームバーやボードゲームカフェがそれで、ネットで調べてと「ボードゲームは婚活にイイ!」みたいな記事まで出てくる。思えば『人狼』なんかも分類すればボードゲームに入るようだし、手軽にそういったゲームを楽しむ面白さ自体は徐々に人口に膾炙していっているのかもしれない。

けれども買うこと、所有することとただ遊ぶこととの間には大きな隔たりがある。面白い遊びであればなんでもいいという人々にとっては「ボードゲーム」という字面がもう別世界という感じだし、入りづらい専門店に行っておもしろいかどうかわからない高いゲームを買ったり、アマゾンで手に触れてみることもできないゲームにいきなり数千円はたいたりするよりは、そういう場所で気楽にいろんなゲームではしゃげる方がずっと気軽で楽しいのだと思う。

そしてこういったカフェやバーなどの場所は一般的なゲームショップのプレイスペースや専門店にたむろしているコア目なシン・ガチ勢の人からいい感じに距離を置けるというのも利点だろう。浅く広く楽しみたい人間にとって、その世界にズブズブにハマらないと楽しめないというのは案外退屈なものだし、軽く遊びたい時ほど、素潜りとマリアナ海溝の深海調査を一緒くたにした人のガチトークに付き合わされるのはしんどいものである。そんな人でも場所がカフェやバーとなればそれなりに空気を読んでくれそうな気もする。重厚なファンの方の重厚なウンチクを聞きながら超本格的にプレイするボードゲームもそれはそれで悪くないものだと思うが(そこまで濃いのは未経験)、そんな一子相伝感ばかりだと気が詰まる人も多いはずだ。

ということはもしこのままうまくボードゲームがライト層に浸透していった場合、ガチ勢から分離したボードゲーム(アナログゲーム)が、最終的にカラオケやラウンドワン的なカルチャーの一部として取り込まれていく可能性は十分に考えられる。カラオケやボーリング場にボードゲームのプレイスペースや貸出サービスが出来(もうありそう…)、ボーリング好きが自宅にレーンを作ろうと思わないように、それくらいのほどよい距離感のレジャーとして浸透していくのではないだろうか。ガチ勢についてはこれからもつつがなく己の道を突き進み、そこに障害物も今のところないと思われるが、メジャー的な広がりについてはまだまだこれからもたくさんの変化が起きていくのではないかと思っている。

では同人はどうだろうか。率直な印象として、今同人のアナログゲーム界とメジャーのアナログゲーム界の間に根本的な差はないように思う。生産力や信頼度、知名度や販売力などでは企業の方が上かもしれないが、そもそもそこまで大量に生産して売りさばけるようなゲームは存在していないし、そんな大きなものが乱立できるような市場でもないと思う。ゲームとしての面白さや、個々のサークルのブランド力、それからゲームマーケット含む各イベントのイベントとしての規模を考えた時に、まだ同人サークルに対して確固たる王者として君臨できるほどの企業は存在していないのではないかと思う。君主はいるが田舎の城下町というか、共存共栄という言葉の方がしっくりくるような環境なのではないだろうか。
しかしそんな環境でも、やはり名も無き同人サークルが有名企業と同じ種類の商品を出して売れようと競い合うのであれば、やはり分は企業にあるかもしれない。そしてそんな企業に対し、正攻法で勝ちに行こうとするあまり、結果企業と同じ選択肢を選び、デザインやパッケージの力で最終的に負けてしまっている同人サークルは多いような気はする。というのは、いくつか遊んだ同人のアナログゲームにおおまかな共通項が見られたからである。

現状同人アナログゲームでお金を稼ごうとした場合、いくつかのネックが考えられる。界隈の規模(=イベント数の少なさ、etc)もその1つと言っていいだろう。もちろんこれはあくまでアナログゲームを中心にしたイベントに限っての話だが、日本各地のイベント開催概要を調べた結果、ファミリー向けのゲームイベントなどは各地で開催されているものの、いずれもアナログゲームの啓蒙を目的にしたゲームを無料or安値で遊べることを謳う体験系のイベントであったり、他のイベントに付随したフリマが主で、他には「ゲームマーケットに落選したサークルが集まるイベント」がある程度で、独立した同人ゲームの販売イベントという点に限って言えばゲームマーケットが統合的でありほぼ一強と言って良い状況である。

だから商品的な質の差に決定的なものがあったとしても、状況的にはやってくるお客さんにただ売る!売りまくる!という点でサークルも企業も同じマウンドに立たされていることになるから、大げさな例えだが、ジャンプコミックがコミケで新刊を売るような事態がゲームマーケットでは起きているのかもしれない。実際1万人近い、完全に自分たちのお客だけで埋め尽くされた人々が一堂に会する機会は、企業側にとってもまだまだ捨てがたい全力を捧げ得る非常に貴重な機会だと思われる。

こうして資本のある企業とそれに乏しい同人サークルが同じマウンド上で争うことを余儀なくされる影響は実際の同人アナログゲームを手に取ってみると手に取るように感じることができる。『ゴリティア』など、同人でもオインクゲームといった有名ゲームメーカーの作品と比べてみても遜色のない作品は多く存在するが、しかしそのどれもが基本的にパッケージ偏重な、いかに目に触れたお客さんにパッと手に取ってもらえるか、を第一にした作りになっているのである。実際プレイしておもしろいゲームもあるが、商売的に手にとらせれば勝ちで、ただそれだけの目的だけで作られたようなゲーム(パッケージ)も多数あるように思える。お化粧といえば聞こえがいいが、美人だけど誰こいつ?みたいな、そんな美人ばかり並んでいる印象も否めない。

アナログゲームは買い手にも予算を要求される。大型の箱ゲーは10000円を超えるものもあるし、5000円やカードゲームでも2500円といった値段が平均的である。だからコミティアのコピー誌100円カラー本500円総集編1000円といった世界とは何もかも規模が違う。だからそんなカルチャーの中で、いかにその限られた予算をこちらに向けさせるかの努力が必要なことは疑問を挟む余地がないが、それが結果的に厚化粧的なパッケージ偏重という形で現れ、全体的な印象が「B級」止まりになっているのであればあまり良いこととは言えない気がする。
もちろんおもしろいパッケージのゲームにもコレクション的な楽しみがあることは否定できず、個人的にはどうせ年に数回遊ぶか遊ばないか程度のゲームなら、ネタ的に飾ってておもしろいやつの方がいいか、という心情は大いに理解できるが、やはりゲームである以上、ガワはいいけど中身はテキトーというゲームばかり増え続けることには一抹の不安を感じざるを得ない。

しかし中身の作り込みという話になると、今度はここにも金額的なネックという問題が存在する。壮大で長く遊べる重厚なボードゲームを作るとなると、コマやボードなど様々なものの制作にコストがかかり、結果的に数千円を超える値段にならざるを得ない。『プエルトリコ』や『カヴェルナ』などは物質としての重量も尋常ではない。10000円するようなボードゲームは箱を持った時点で「ああ、これはそれくらいするわ。」と納得できるくらいの物質感を持っているものである。そういうゲームは確かに素晴らしいかもしれないが、そうなった場合客はもちろん買うことに慎重になるし、製作者側も制作には慎重にならざるを得ないだろう。少なくとも1回のゲームマーケットの開催の間隔で作れるようなゲームではない。
つまり漫画であればページ数に制約がかけられることはあっても内容に予算的な制約がかかることはないが、ゲームは予算の段階である程度ジャンルがカテゴライズされてしまうという問題がある。かといって低コストに抑えれば良いというわけでもなく、いずれにせよかけられるコストが作るゲームの内容を規定してしまうことに変わりはない。そこが同人ゲーム制作の難しいところで、ある程度の予算しか準備できないサークルの出すゲームが似通ったジャンルに偏るといった事態が起きやすいのも必然ではないかと思う。上に書いたパッケージ偏重のゲームの頻出というのもつまるところこういうところに原因を求められるのかもしれない。

もちろんそれはゲームそのもののおもしろさとは関係ない部分ではあるが、しかしかといって普通紙にコピーしたものをジップロックで閉じたようなカードゲームを販売して売れるわけがない。最低限のTPOはやはり存在する。

もっともそう考えると単純に必要な予算が他に比べ高いだけの同人活動と割り切ることもできそうだが、それでも同人活動であるならばその中で同人活動でゲームを作る意義というか、企業的なゲームとは違う、同人ならではの持ち味のようなものが「ふざける」という方向以外からも出てきていいのではないか。

パッケージがおもしろいだけで中身のつまらないゲームがたまたま企業側の中身がめちゃくちゃおもしろくてパッケージの良くないゲームより売れたところでそれはそれ以上の現象を意味しない。パッケージのおもしろさは人気を作れるかもしれないが、ジャケ買いされたところで中身のない音楽はそのうち忘れられていくものである。しかもその原因がサークルの能力の低さというよりは、企業の同系ゲームに競り勝つための策、というようなところから始まっているのなら、一層解決が望まれる問題である。

ではいっそ自分たちだけでゲームを作ることに固執するのをやめればどうだろうか?
例えばあるサークルはトークンやコマだけを作り、あるサークルはルールを値段をつけて売り、といったように、もっと同人ゲーム製作者にとっての築地市場のようなスペースが増えてくれば状況は変わる気がする。
これから書くことはすべて机上の空論だが、例えばどこかのサークルがコマを販売してくれるなら、こちらはルールを書いた本を出版すればコマを買うだけで事足りるし、買い手としてもまずルールを買って、そのルールで必要そうなコマだけを選んで買えば良いだけになる。そうすればゴツゴツしたパッケージもいらないし、そこに金銭的な自由が生まれる。プラモデルのフレームを1フレームずつ売るようにいろんなサークルがそれぞれゲームの要素を販売し、来場者がそれを買うことで最終的に何かしらのゲームがプレイできるようになる(完成する)ようなことができればそれは非常に面白いのではないかと思う。
それは間違い無くコマやカードといったそれぞれ物質的に独立した要素をルールという制約の下に紐付け、意味付けるアナログゲームという世界ならではのものだと思うし、何から何まで1つのサークルでやるのではなく、そういった様々な要素に分散させるということになれば、各サークルは自分の得意な事だけをやれば良いわけだから、シーンへの新規参入も容易になるのではないだろうか。

現在既にパッケージや企画などではサークルの枠を超えた交流が始まっており、さながら合同誌のような形で完成されたゲームもあるようだが、この流れがより加速することによって、ゲームマーケット、あるいは同人アナログゲームシーン全体がおもしろいゲームがより自由に生まれ得る環境に成るのではないだろうか?

また同様の取り組みとして、ゲームマーケット的なものを目指した同人ゲーム作りから離れ、例えば考えたルールをネットでただ提示していくような取り組みも、今後のシーンの盛り上がりのことを考えると必要になってくるのではないかと思う。ルールさえあれば身近なすでに買って持っているゲームのコマを使って新しいゲームで遊ぶことができるし、そういった刺激は常にシーンにあたえられるべきである。
新しいゲームに出会える場所が年に数回しか開催されないイベントの中だけというのはあまりおもしろいとは言えない。オリジナルのゲームのルールやアイデアだけを誰かがネットで延々と提示し、それを見ておもしろそうだと感じた誰かがそれをパッとアナログゲームの形に組み発表・販売できるような仕組みが生まれれば、さらに日本のアナログゲームシーンをおもしろく、活気あるものにできるにちがいない。

個人的にゲームとは遊び方であり、コマやボードは遊び方についてくるものだと思う。だからそっちがメインになってはいけないのではないか。”顧客が本当に必要だったもの”は「誰もがプレイしたことのないめちゃくちゃおもしろくて大興奮できるゲーム」のパッケージではなく、単なる「新しい遊び方」だけなのではないか?という気がする。企業はゲームを作らなくてはならないから新作を出し続けるしかないが、同人サークルならそんなことしなくても良いはずである。

コミティアに参加しなくても同人活動ができるように、直接的ではなくてもシーンに貢献できるなら、その方法はもっとたくさんあるはずであるし、そういった手軽にできる活動が増えた方がシーンはおもしろくなると思う。
いつかコミティアに参加するような軽いノリで、ゲームマーケットに参加したいと思っている。

文章 PRINTPUB02会員NO.00002:NR 青のりしめじ http://aonorishimeji.com
編集 PRINTPUB02会員NO.00000:fengfeeldesign http://www.fengfeeldesign.org

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印刷物を使ったコミュニティ

月刊タニシの事を、もう少し書きたいと思います。

前回の記事→ http://www.fengfeeldesign.org/print_pub/?p=219

もともとは編集長であるミワくん( http://miwakazuki.jp )にイタズラを仕掛ける事が目的でした。
そのニヤニヤ感に味をしめたのがミワくんの中学時代の同級生のヤスくんなんだけど、
なんかそれが面白くって続けてる感じです。
多分、一番の軸というか、
それさえ維持出来ればどのような状況でも良くって、
いっそ雑誌じゃなくていいくらいなのですが、
なんとも良い感じに型にハマったのが雑誌という形容でした。

雑誌を皆んなで作るワークフローなどの組み立てについては、
fengfeeldesign( http://www.fengfeeldesign.org )も凄く勉強になったし、
自分たちの言ったアイデアが形となって現れる感動を、
ミワくんもヤスくんも存分に味わったんじゃないかなあ。
青のりくん( http://www.aonorishimeji.com )も漫画とか文章のフィクションの組み立ての良い訓練になったんじゃないかな。
編集長のアイデアの組み方とかかなり神がかっているし、
そういう部分で、得るものがたくさんあったと思います。

月タニがピークだった時、
それはもう、お祭り状態でした。
雑誌を作る会議ももちろんあるんだけど、
それがきっかけで、
なんかしらん、毎週のようにミワくん、ヤスくんの同級の人達が遊びに来て、
魚やら、ハンバーグやら、全国各地の食材が届いたりなど、
それはもう宴会の日々が続きましたとさ。
そんな、色々と賑やかな状況を作るフォーマットにもなっていたような気がします。
最終的には兵庫の家島まで話は流れに流れて…
それが5年くらい続いたのかな、
今は、良い感じに落ち着きを取り戻し、
初期の自分たちが楽しむっていうスタンスに回帰してる訳ですが、
プリパブ01の盛り上げフォーマットも、
実は月刊タニシで培ったものを利用していたりします。

ある時にこういった状態を面白く言い表せた事があって、
まあ、今は凄く落ち着いた状態だと言えるんですが、
なんかこう「良い最上の遊び」をしているよねっていうのがあって、
これって多分、誰よりも体感していた皆んなが思っていた事なんじゃないかなあ。
ずっとやれって言われたら飽きるだろうし、やんないだろうけど、
それでもコミュニティ構築として「月刊タニシ」を捉えた時に、
誰でも寄ってくるという状況は最強だなあと思います。
なんか分からん寄ってくる、
え?なにそれ?ってなる、モックとしての実物がある、見れば、みんな仲間!みたいな。

なんかこう、趣味だとか、考え方などで人を分けたりするじゃないすか。
阪口はそういうのあんま好きじゃないんすよね。
内容が無いのに、なんか楽しくて、誰でも話に入れてちょっかいが出せる感じ。
理想の狂いでもなくて、なんでもよくって、とりあえず形になれば面白いみたいな。
阪口が何かを仕組む時はそういうようにする場合が多いんだけど、
まさに!「月刊タニシ」は、それらを言い表すのにピッタリであったし、
コミュニティとして本当に嬉しいものなんじゃないかなって思っています。
fengfeldesignが月刊タニシでやった事は、
「バカな事を自由に言っていい」し、
それが「実行力、実現力として」形になるという事を「肯定化」し、
しっかりと何が結果かという事を全員で受け止める事の出来るフォーマット作りです。
それを印刷物の策定として捉え「月刊タニシ」を作りました。

いつものオチですが
そしてそれが、
策定された印刷物と言っていいし、
凄く、印刷物な気がします。
印刷物だからこそ「おバカ」な「自由」もちゃんと面白く見れたでしょ?

フライヤーを作る

フライヤーもなかなか、印刷物としてはたくさんの種類がある分野じゃないっすかね。
fengfeeldeisgn( http://www.fengfeeldesign.org )の一番最初のメインの仕事はフライヤー作りでした。
なんか、印刷所の場所とか、
ISDNはじめちゃんなネットで調べて、
同人界隈のBBSに頼ったりなどして探したりしていたなー。
紙はコート紙しか選択肢が無い!とか、いやあ懐かしい。

そういうフライヤーを、
最近また、
STEEL DROPS( http://www.steeldrops.org )と関わる事で作る機会を得るタイミングが多くなりました。
まさか、また作る事になるとは!というのが正直なところだったのですが、
これがまた今の技術で真剣に作ってみたら面白いのなんのって、
当時の初心に戻る感じがしてワクワクしながら、
STEEL DROPSのフライヤーに関しては作ってますかね。

STEEL DROPSのフライヤーはこちら→
http://fengfeeldesignprinthistory.tumblr.com/post/151284450075/steel-drops-flyer-ver201610-direction-and-design

なんといっても、
カッコイイ!と手にとってくれる率がめちゃ上がる!
それがいいじゃないすか、
置くとしたら、デザフェス、クリマ、スチームパンク系のイベントなどなど、
自分で言うのもなんですけど、
オレがデザインしてもうたらチートやないですか!ばりに目立ちまくっているみたいです。

チラシとかと違って、
フライヤー!って、とりあえずなんかカッコイイ!でオッケー!みたいなノリだし、
やけに手の込んだものとかを見かけるとやたらに嬉しいし、
そういう雑多としたグラフィック1つ1つが街を作ると思うので、
ダサいフライヤーはマジないわーって感じですよね。
フライヤーこそカッコヨクあらねば!

いやはや、
勢いで書いてしまいましたが、
今回は、この「カッコイイ!」印刷物であるフライヤーという観点が、
かなり大切だなあって思うのですね。
格好が良いわけです。
格好が付くでもいいですし、
つまり格好な訳です。
印刷を策定したりする時に、
格好が付かないものってやっぱ意味が無いと思うんですよね。
体裁が保てて、品位が守れるものってのは、
そういった、格好の良い印刷物と相場は決まっているのです。

めちゃくちゃ面白いイベントが、めちゃくちゃダサイフライヤーとかは逆にカッコイイ場合もあるけど(笑
これないわー、じゃ、話にならない訳ですね。
ああ、すげえ!って思わせたら勝ち!みたいなとこあるじゃないすか。
どんなにカッコヨクても、あとで捨てられる確率はかなり高めだけども!
そういうのも無駄にお金を掛けてみても、それはそれで勝ち組っぽくて面白いし!

カッコイイ!フライヤーを作る事、
これだけでも十分に印刷の策定が出来ていると思います。