印刷にとっての拘り

印刷にとっての拘りってどういうものを指すのだろう。紙とか、デザインとか、印刷の技術のジャンル、活版印刷とか、箔押しとか、他には無い見た事もない仕上がり、組み合わせ云々など。どれもこれも拘りで正解だと思うし、印刷という「拘れる」範囲の許容は、同時にその技術的な幅の広大さを思い知らされます。ただ、その視点では、オフセットは印刷にとっての拘りではない?普通の貼り箱や、単にミシン目を付けたりするのは、在り来たりで拘りとは言えない?などなどの疑問がどうしても残ってしまいます。また、僕は、私は、これに拘ってるからいいんだ、みたいな主観に陥らない視点というのは、なかなかに印刷の分野では見つけにくいのも現状なのかなと感じますし、それらをパブリックで共有しているのってあまり実は見た事がありません。印刷に関わる以上は技術の範囲を出る訳にはいかず、どうしても、それぞれを点として捉えざるえないのですね。なので、近さはあったとしても概念としての共有と発展の難しさというのは拭えないのが現状だと思います。皆が腹の中では自分が一番拘っていると思っている状況でありつつ、すぐに新しい拘りを見つける事も出来る、なんとも広い樹海のようです。そこで、1つ、提案としての「策定」があります。「策定」に興じる行為は、印刷を概念化し、その思想を共有、発展させる事が可能になります。なによりも、最終段階である印刷工程という名の、それまでに続く樹海に一本の道筋を示す事が出来るのです。また、単に、素材や技術、ジャンル、といった、分かりやすくキャッチーな言葉などに代表される、なんとも偏った印刷への拘りに終止符を打つ事も期待出来ます。例えば、新しい印刷とは何か、印刷にとっての商品開発とは何か、などもきちんと紐解く事が可能になり、知恵としての枝分かれの印刷概念の構築を行う事も出来るのです。「策定」は現在の樹海と化した印刷術の解決策の1つであると同時に、より、印刷術を楽しむ為の方法論、または概念であると、確信を持って言えます。もともとは、この「策定」は、それを生業にしている人たちの中でも極一部の人間が考えれば良いものであり、どちらかというと製造側よりも、それをビジネスとして成立させたりの営業側が、少しずつ時間を掛けて作り上げてきたのではと想像しています。しかし、現状として、個人が仕込みから印刷発注まで全て行う動きが活発した最近の動向から察するに、一人一人が、その能力を携えて、正しい認識で印刷を捉える事が出来れば、より素晴らしい印刷の達成の連続が発生すると考えています。そのような「策定」に拘った、デザインや、紙や、印刷の技術の選択を是非、皆さんには味わって欲しいなと思っているのと、一番の面白い部分として、それらの共有はオリジナリティを損ねる事なく、優秀な「策定」は真似る事が出来るのですね、しかも真似てもなんら問題がないのです。何故なら、既に私たちは、ある一定の「策定」を真似し続けていたり、誰かの誘導に乗っかっているからです。また、この「策定」は、個人のベクトルで変化やミックスなども自在に操れますし、本来は無数にあっていいはずのものなのです。そして、その1つの拘りはたくさんの人が使っても問題がない上に、無数に存在していたとしても、技術そのものを変えようって話じゃないし、素材を特別に作ろうって訳でもない、だからこそ、より「印刷」が「印刷」として在る為の概念でもあります。そして、この「策定」こそが何よりも「印刷にとっての拘り」なのです。

印刷を策定する

策定するぶんにはタダ。思ってみたり考えてみたりするぶんにはタダ。素晴らしいじゃないすか。お金が掛からないって。デザイナーとか、フォトグラファーとか、ディレクターとか、こういうものに従事している人達プロフェッショナルは仕事とし、お金を取ったりします。しかも細分化されていて、それぞれの役割の中で業界も仕上がっていて、その技術的な水準も相当なものに高まっていると思います。そうなんだよね、お金を取ったりします。それは多分、策定はとてもとても難しいものだからです。技術が必要なのだから、それは当然の対価だと言えます。しかし、その状況というのは、DTP以降、もはやそういった言葉でくくるのも恥ずかしいくらいの浸透率で、一定の形を保つ程度であれば、1人のリスクで印刷所を動かすまでにパーソナルなものになりました。そもそも、この細分化はDTP以前に組まれた技術や仕組みを、新たな取り組みの中で保全する為のものであると感じています。実際、その細分化自体は数を減らしているし、仕事でも予算はカットされて、極々少数で作業する事も見受けられるようになりました。その上で、最近、個人的な印刷を作る動きがとても活発化しているように思います。同人もそうだし、グラフィックデザイナーが個人的にアイテム作ってみたり、商品として作ってみたりしています。そんでデザフェスで売ってみたり、個人の雑貨店などに卸したりしていて、ある意味での市場みたいなのが出来上がってるみたいです。でも、なんつうか、全体的に見てすっげー策定が下手、めちゃんこ下手。なんでそれで満足出来てるの?ってぐらい下手。だって、印刷って策定しなきゃ、その魅力を最大限に引き出せねーじゃん。fengfeeldesign的にも、この下手感って一体なんなのだろうと考えてみたりしてみたのだけど、とくに答えなどは出たりしませんでした。とにかく、それぞれが頑張って作っていて、それぞれが頑張って売っていて、一応流行りもあったりして、なんか凄えなーってくらいなものです。印刷の技術に関する情報って、まあまあ解放されてきてる感じがあるし、それに関連した周囲の素材や状況ってのも読み取れるようになっているとは思うんだけど、感覚的に「印刷の技術」はめっちゃ向上したが、それを扱う側のスペックが2000年代初頭とそんなに変わってねえじゃねえかってのは分かった。このスペック、というかまさに策定の部分というのは、今や、個人で印刷を発注出来る状況だからこそ、無数に種類を発生させ、どこまでも逝ける状態が作れる。これって、業態化して細分化されて、一度固まってしまった策定の中では、変化が起きずらいし、再構成がとてもしにくい事を思うと、とても面白いとは思いませんか?既に高まった場所があって、それらを参考にしながらも、下手な人たちが頑張って印刷機を動かす努力をしているという、なんとも摩訶不思議な状況の中で、「印刷の技術」だけは常に一定で居てくれて、しかも向上の余地があって、あとは策定待ち、みたいな。きっかけとか行動のなんとやらはここでは取り扱いませんが、目的や行動の中で、何を刷るか、という印刷との間にある「策定」の部分が、今、いっぱい作れるようになってる。なんといっても、策定するぶんにゃタダだし、作っておけば、その時は無理かもしれんが、もしかしたら、それが使える時がくるかもしれない。技術の確立が達成されるかもしれない、予算が届くかもしれない、其処にたどり着く為の新たな策定に繋がるかもしれない。まあ、その策定が勉強不足で出来ないのであれば、デザイナーにお金払って任すのがいいと思いますが、下手でいいじゃん。じゃんじゃん策定を成立させ、なんか出来そうで良さそうなのが策定出来たのなら、それを印刷所に相談するとか面白いじゃないすか。また、その策定を公開などすれば、もうちょっとこれ、こうすればウマクいくんじゃね?などなど、そういった意見が外野から聞けたりとかさ。ここまで、印刷の技術が解放されていて、技術のジャンルとかで憧れもあったりなんかして、任してみたい印刷所とか多分あったりするんでしょ?じゃあ、なおさらちゃんと策定しないと、策定するぶんにゃタダなんだから、同じ経費としてのお金を払うのなら、そりゃもう素晴らしい策定を仕込めばいいんじゃないかな。カッコイイ印刷作ろうぜ、マジで。てか、作れるし。ホント策定次第。しかもいい策定は真似しちゃう。これも印刷の面白いとこなんだけどね。これから、この「PRINT PUB」では、そのような「個人で発注が出来る」善き策定を色々と仕込みつつ、しかも皆が使えるようにしていこうと考えていますので、お楽しみにー。

実現が出来る印刷と、実現が出来ない印刷の、境界線

まず、結論を書いてしまうと、実現が出来る印刷とは、「技術が確立」されていて、善い策定の中で予算に見合う点と点を結んだ線が「境界線」という事になるのだと思います。この「PRINT PUB」自体は本来は、6年前から発足し1年前に終了した、「デザイナー向け」の印刷情報コミュニティサービスでした。当時はグラフィックデザイナーそのものが印刷をしたくて夢を見ていた時期でもあり、その夢から醒めさせる事を目的とした活動でした。今回、fengfeeldesignが印刷に関連した活動を新たに再開するにあたり、当初は「PRINT MEETING」にしようかなーと、それくらい軽い名前に決めていたのですが、あえてこの「PRINT PUB」という名前で動く事を決めたのには理由があります。前述したように「PRINT PUB」はグラフィックデザイナーが夢見た印刷から醒めさせる事を目的とした活動だったのですが、それは、印刷の現実との接合性を高める部分に重きを置き、より確実性の高い印刷の実現を目指す為のものでもありました。それは恐らくトーンや名前を「PRINT MEETING」としたとしても、やる事が一緒だな、というのもあって、じゃあ、「PRINT PUB」でいいやという事で、今に至っています。「実現が出来る印刷と、実現が出来ない印刷の、境界線」を探る事、それが今回の大きな目的です。fengfeeldesignがこうやって動く時というのは、どちらかといえばポジティブな思考の場合よりも、状況がネガティブな場合がほとんどです。最近、というか、この10年で「印刷」において「拘り」を持つ事で、とても善い印刷加工物が手に入る事に気が付くユーザーが増えてきました。fengfeeldesignにもそのような依頼が3件に1件は来るようになり、出来るだけ、その願いを叶えるべく努力をするのですが、完成に至る場合というのが極々まれな状況やパターンも同時に増えてきました。また、その要因がfengfeeldesignの努力不足というものであれば、それはいたしかたないのですが、影響していると思われる要因として「デザインのひきだし」の存在に代表されるような傾向にある事がとても大きいと考えています。それは、何故か、あれは既にネガティブなものではなくなったからです。もはや号や思想を重ねる毎にとてもとてもポジティブなものになってきていると感じています。ポジティブな要因にはかならず「挑戦」が付き纏います。それは、その「挑戦」は残念ながら全ての印刷会社や依頼者に当てはまるものではありません。全ての印刷会社や依頼者がその「挑戦」に従事出来る訳ではないのです。ただし、あくまで状況がそうなのであって、決して従事そのものの権利を剥奪されるものではないと思います。この場合、それらの規模や予算や姿勢に大きなズレがあるのです。それがネガティブな要因としてあるからこそ、なんとも重い腰を上げ、この「PRINT PUB」を発動し、解決に乗り出す事をここに誓えればなと考えています。どうっすかね、改めてこのような概要的な文章を書いてみましたが、これからfengfeeldesignが「PRINT PUB」を使って何をしようとしているか見えましたでしょうか。ズレ、というか、正しい見方みたいなもの、拘るなら拘ればいいし、せっかくなら、印刷にとっての拘りとはなんなのだろう、または、そうですね、タイトルにあるように、それが実現出来る出来ないの「境界線」というものを、それぞれのユーザーがいい感じに探る事が出来て、より良い印刷に到達し達成出来れば、この活動も万々歳、と言った所でしょうか。「印刷策定の樹海にようこそ」、fengfeeldesignも皆に善き印刷を提供したいと思っているし、皆もそれを手に入れて欲しい。それが今回の活動の一番の願いだと思います。

 

紙と印刷というものについて、そしてデザインへの眼差し。

artworks

グラフィックデザインの歴史は、けっして長いものではありません。例えば、バウハウスでの美術労働教育の始まりをデザインとするなら、1919年、が始まりという事になります。印刷は1445年に、ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷を開発した、とされています。まず、この400年以上にものぼるブランクをどう埋めればいいのでありましょうか。日本においては、ウイリアム・ギャンブルによって明朝体が齎されたタイミングを印刷元年とするなら、1869年(本木昌造が招致したのが)となります。果たして、このような、たかだか100年を少し越えたぐらいの短い時間の中で、日本人がグラフィックデザインで印刷を語る事は可能でしょうか。

原初としてのグラフィックデザイン的なものは恐らく日本にもあったでしょう。しかし、印刷と呼ばれグラフィックデザインとされたように、命名されたものは無かったのではないでしょうか。バウハウスが生まれたのが、ドイツである理由は、製造業が盛んな事が大きな要因にある事は容易に想像が出来ます。その上での陸続きの多様化された文化としてのヨーロッパが、今日に至るデザインを形成しているのだと考えています。それでは私達は日本で何を作っているのでしょうか。デザイナーと呼ばれている人達は何を従えて制作に勤しんでいるのでしょうか。もし、紙が誕生した2000年以上前から始まる、これらに纏わる製造の歴史の中で、グラフィックデザインというものを見据えるのであれば、果たして、私達はどれほどのものを携えながらグラフィックデザインというものに接しているでしょうか。

今、日本において、印刷という技術に最も精通していて、影響力の大きい第三者の存在は「グラフィックデザイナー」です。しかし、現在、そうであるはずのグラフィックデザイナーにも1つの問題が浮上しています。それは、印刷を知らない事です。印刷を司るポジションに居るはずのグラフィックデザイナーが印刷について不勉強な状況が発生し始めたのです。これは、推測ではありますが、想像していたよりも、印刷の現場にデザイナーという存在が関わっていなかった事を示唆しており、マッキントッシュやアドビに関連するDTPの環境がグローバル化した時に、海外と日本の状況に最初に述べた圧倒的な時間を含めた様々な誤差が生じたのでは、と想像しています。

その中で、同時に近年、印刷の技術を補完する動きが活発になってきました。しかもそれは、ほとんどの場合が「グラフィックデザイナー」を対象としているものであり、「グラフィックデザイナー」自身がそれを必要としている現実が其処にあります。「デザイン」とは何か、なんて事を問うような無粋な真似はしませんが、今、印刷というものにどう関わっているのか、というものを、デザイナーに限らず示す事は今日において非常に重要であると考えています。紙と印刷という組み合わせを、どのように扱っているのか、その善き例を知っているのは、「グラフィックデザイナー」に限らないという決定的な証拠と、同時に、より印刷をウマク使っているのが「グラフィックデザイナー」である、という実証を得られた事は、今回の展示での大きな成果であったように思います。

本展では、かつてあった「ウィーン分離派」の動きに似た様相を、今回、出品したメンバーから感じており、「グラフィックデザイン」というものを様式化した場合に、それから脱却した制作や、それを謳歌している制作など、様々な結果を得る事が出来ました。これらを意識して制作しているという事は、少なからず思想や様式的な何かとして、かつての「グラフィックデザイン」をある距離感を置いて見ているものであるのと同時に、印刷に対して、どのような眼差しで見ているか、という点において、全体的な総評として、しっかりと「技術」に依存する形で落とし込んでいる事は、日本においての「グラフィックデザイン」が、まさに生まれようとしているのでは、という大きな期待と、今までの「グラフィックデザイン」としていたものに対する、一種の決別のようなものがあるように感じました。もしくは、本展が紙や印刷に対する、なんらかの歴史的な意味を持つ事になるのであれば、この動きが、これから続くであろうデザイン史の1つとして、刻まれる事を強く願っています。

fengfeeldesign 阪口哲清

PRINT PUB 01について
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PRINTPUBは、印刷の世界を公開するシーンの1つとしてスタートをいたしました。活動期間も2年が過ぎまして、その間にはfengfeeldesignの周辺を主体とした印刷加工を公開して参りました。また、会員を募り、その人数も30人を越えまして、そろそろ会員の皆さんと絡み乍ら制作&パブ(公開)が出来ればという考えにいたり、今回、ペーパーボイス展覧会「PRINTPUB01」を開催する運びとなりました。昨今、印刷技術の補完の動きが活発化してきました。この動きというのは、かつてのウィーン分離派ように、様式に捉われない制作を目指した時に生じた、技術の抽出作業に非常に似ているような気がしております。今回の展覧会では「デザイン」という様式を主体に置かず、「印刷加工の公開」とする事で、デザイナーによるデザイン主体の展覧会ではなく、「印刷加工」に纏わる技術や知恵や恩恵を主体とした展覧会に仕立てております。本展では実際に印刷物を自由に手に取っていただき、それらを流布、もしくは無料配布する事で、同時により多くの方に印刷物との関わり(印刷所、デザイナー、作家、営業…etc、全ての)について考える機会になればと思います。

開催場所:
平和紙業株式会社 ペーパーボイス大阪 〒542-0081 大阪市中央区南船場2-3-23
期間:
2014年3月17日(月)〜3月27日(木)/時間:9時00分〜17時00分
※土曜日、日曜日、21日は開催しておりません。
※最終日の27日(木)は14時00分で終了いたします

出品者:
小玉文/小熊千佳子/野田久美子/特撮ギター研究所/若井真/西田優子/町田宗弘/竹田正典/勝田麻子/長田年伸/Mujika Easel/松本るみ子/丸山晶崇/宮崎菜通子/O-PUB/黒子

作品の全容はこちら→ https://www.facebook.com/media/set/?set=a.652126114852642.1073741829.354397357958854

PRINT PUB 01 展示印刷物仕様目録のpdf版はこちら
→ http://www.fengfeeldesign.org/item/printpub01_itemlist.pdf

PRINT PUB 02 (改定版)

PRINTPUB 02をスタートをするにあたって、考えていた事が2つあります。これからをどうするか、これまでをどうするか。PRINTPUB01という現象をどのように残していくか、そして、次のリスタートをどのような形にすれば善いのか。前回の展示から半年が過ぎ、その間、印刷の世界の動向を伺いながら、それは何時、如何様にして進めるかを見極めておりました。前回と同じでいいのか、それとも今回は前回を捨て、まったく新しい形にするべきかなど、様々な形を思い浮かべながら、時を過ごして参りましたが、予想をしていたよりも、早い段階で答えが出てしまい、そしてこの度、タイミングが来てしまったようです。

まず、これからをどうするかなのですが、デザインは知性だと思っています。その知性の集約を印刷というものに落とし込んだ時(もしくは高めた時、グラフィックデザインというものが成立します。また、知性とは、チームや集団、大衆、といった特定、または不特定多数の中でこそ存在するものだと考えているのですが、これからのPRINTPUBは、そういった動きそのものを観察し、最後に印刷に認めるその瞬間までを公開する場所として、運営をしていくつもりでおります。では、これまでの動きというものをどのようにして掬っていくべきか。これまでのPRINTPUBというものは、印刷技術そのものにクローズアップした動きを公開していました。というのも、そういう印刷の世界の状況でありましたし、会員を募った時に、それに同意し集まってくださった皆様のほとんどが、おおよそ、同じ方向を向いていたからこそ、に他なりません。最初期の時点で青木さんや小熊さんが入った事が方向を決めた決定打になったのは間違いないのですが、それでも全体を見通せば、皆さんが、「印刷加工」が印刷という現象であって、その技術への敬意に目を向けていた印象にありましたし、そういった皆さんの意向を汲む形で、あのPRINTPUB01がありました。視点としては、集団の中から抜け出した個人にクローズアップをする事で、大阪のペーパーボイスという舞台で、印刷技術に特化した世界を公開する事に成功しました。また、副産物として技術だけでなく、個人が活きるデザイナーとしての高まりを多方に知らせる結果にもなりました。

そこで、個人、という殻を剥き、印刷が印刷たる形を、これからのPRINTPUBとしていきたいのです。個人が持ちうる機能が、印刷という技術に与える唯一の方法としてある、それは、これまでのPRINTPUBで散々と証明をしてきました。では、印刷そのものはどうか。印刷というものが与える世界への影響、もしくは、印刷が作る世界とは何か。その証明を、これからの活動としていきたいと考えています。知性を発見し、その発見した知性が、印刷されるまでに集約される状況を見る事、そこにこそ、印刷という高まりを知るきっかけになる何かがあるような気がしているのです。

いかがでしょうか、PRINTPUBとしてこれから何を皆さんに公開していくか、というものが見えましたでしょうか。これから具体的に見せていきたいですし、いろんな理解の元でご意見をいただけたらなと思います。もちろん、将来的にPRINTPUB01のように、なんらかな方法で結果報告のような催しが出来ればと考えております。また、これまでの動きというのは、後日談という形で、これからのPRINTPUBに花を添えるつもりでおりますので、そちらも是非に楽しみにしていただけましたら幸わいです。