雑誌は仮想で作れる


「月刊タニシ」は全ての設定を仮想という定で作る雑誌です。
雑誌という形態の冊子でさえも、一冊か二冊は「モック」で作ったぐらいで、
実際にはデータとしての中身のある7冊分のみが存在しており、
そもそもの根底からが全て仮想で成立しています。

月刊タニシ公式サイト
http://www.goccoproject.net/getutani/

月刊タニシ公式ツイッター
https://twitter.com/gettanisan

月刊タニシ公式フェイスブックページ
https://www.facebook.com/getutani/

制作メンバーとしては、
編集長は特撮ギター研究所( http://www.miwakazuki.jp )のミワくん、
デザインと文章はfengfeeldesign( http://www.fengfeeldesign.org )の阪口、
漫画と文章は、漫画家の青のりしめじ( http://www.aonorishimeji.com )、
マネージャーはご近所のヤスくんで作ってます。
あとあと、
今ちょっとネットブックストア閉鎖していて、
雑誌データについては2016年10月よりフェイスブックページにて順次再公開の予定です(是非チェック。

月刊タニシの概要について
https://docs.google.com/document/d/1NYNkTOSDT4rX5qUSAyJaDvkmH-R_8sQ4ZejLzknUrjI/edit?usp=sharing

ネットで、
まるでそれが本当に雑誌であるかのように見せびらかし、
内容やタニシ廻りの設定などを仮想し作っただけで、
ラジオ、テレビ、雑誌、ネットメディアなど、
サイズ的にも決して小さくはない範囲で、
そのタニシというテーマの奇抜さ故に存在を取り上げられる結果となりました。

人々はもはやツイッターのみの情報を鵜呑みにして、
雑誌が存在するかどうかの事実よりも、
タニシという雑誌が存在しているという一点のみに興味を抱いた、
その上での結果であると言えます。
本当の所は道徳的に嘘はダメ!となりますが、
これを仮想としてしまえば、
いくつかの可能性が示唆出来てしまうのですね。

まず、1つ目の可能性は刷らなくても、もはや雑誌は存在出来る、
または、そういう雑誌があるという状況は作れるというものです。
逆に刷る事自体が既に仮想で、実在している雑誌の捉え方など、
人々が雑誌に求めている挙動みたいなものが、
ここにあるのでは?と見る事が出来ます。
つまり、雑誌という、情報や時事的なイメージが強い内容を扱う特性ゆえに、
それが既にネットメディアで満たされていて、
それらを拡張する状況が雑誌にある、という事を踏まえたとして、
雑誌という閉鎖空間の中での、
タニシという異常性が今回のような動きを作ったのではないでしょうか。
そして、それが仮想という状況で行われていた事実は、見逃してはいけないと思うのです。

次に、
タニシ業界の状況や、編集部があるという事のフェイクを除けば、
れっきとした雑誌であったと言えるかもしれないというものです。
しかもこれは、雑誌という背景を作り出す事で引き起こした、
印刷という歴史の正統的な電子化に成功したと言えないでしょうか。
印刷とは、紙にインキを乗せて、大量の複製を行う事を前提に置いた技術です。
ただ、それが、紙やインキといった物質を介していないというだけの話で、
あたかも存在出来るという状況をデータの状態で作りあげる事が出来たのなら、
しかも、人々の興味を獲得するに至るものであったのであれば、
フェイクという悪意を除くとして、
メディアに雑誌として取り上げられた事実は成功だったとは言えないでしょうか。

最後に、
そういったエンターテイメントの取り扱いに、
雑誌という媒体が残る可能性があるかもしれません。
ゲームの中に仮想の会社を作るように、
エウレカセブンの中にあったレイアウトのように、
雑誌という媒体はそれだけで既に価値があるコンテンツとして私達の中に根付いています。
それらを利用する形で雑誌というものを仮想すれば、
紙媒体として売れなくなった時に形骸を残す事が出来るかもしれません。
月刊タニシの雑誌として行った雑誌の形骸は、
少し古い状況を作り出す事です。
80年代、90年代くらいの雑誌の状況を中身として作り出す事にありました。
ただしゴシップではない形で、です。
そしてこの仮想こそが、これから紙媒体の雑誌という形骸だけになった時に、
継承していく為のヒントにはならないでしょうか。

月刊タニシを、
このプリパブで取り上げたかったのは、
面白おかしく笑う為のものではありません。
雑誌というものがすっかり一発ネタの面白くもなんとも熱のないものに変化してしまった今だからこそ、
その原因が売れなくなり、作る側から面白い人が居なくなったという事であるのなら、
単に紙媒体としての雑誌は残り続けるでしょ、って話ではなくて、
仮想で作る事で、こんなにもメディアで取り上げられ、
売れるチャンスがあり、人に見てもらえるかもしれない事をお伝えしたかったからです。
もう一度、面白い雑誌というものに夢中で取り組む状況として、
あの時のような熱で「雑誌は仮想で作れる」という事に着目してもいいかもしれません。

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