依頼をして印刷物を作るという事について


そもそもからして「デザイン」という言葉が色々とややこしくしてると思うのですね。
何を頼むかという視点で見た時に入稿出来るまでのデータが作れるなら、
印刷を頼むでいいじゃないか、って事になる。
データを作る事がデザイン?
意図したり計画したりする事がデザイン?
文字を並べたりする事はデザイン?
ああもう、ややこしいったらありゃしない。
「デザイン」が一般的な固有名詞になりすぎなんだよな。
「デザイン」はですね、
凄く高度な専門領域だと思っていてください。
「デザイン」ってなると金額高いじゃないすか、
それはね、「デザイン」するって事になるとめっちゃ難しいからです。
必ずの正解を100個とかの話になってくる。
それは、大きな企業とかには必要な訳です。失敗出来ないから。お金も掛けれますし。
そうなってくると最高の「デザイン」の提案が出来るという事になる。

別に印刷物を作るだけなら、
「デザイン」という概念を持たなくても出来ます。
まあ、そういう見方をしてみてもいいんじゃないですか、ってのが、
最近の流行りみたいになってるみたいですけどね、
fengfeeldesignとしては、
「デザイン」というもの自体を簡単にしてしまって、
誰にでも分かってもらおうってスタンス、めっちゃ嫌いなんですよね。
難しいものなのだし、皆んなが理解出来る訳ないし、
日本でもし簡単に優しく「デザイン」を解説する場合「デザイン」そのものを解説って事になるじゃないすか、
だからダメなんだよね、定義自体が曖昧なまま語句だけが定着している状況で、
それは不味いだろって感じで、
あと、そういう意味でコミュニティデザインとかマジでファックだなって思う個人的見解は置いといて、
そうですね「デザイン」という言葉が、
もはや、ややこしくしてる悪の根源だと思います。
ただし、「デザイン」というものを行使する事で、
より素晴らしい印刷を手に出来る事も確かであり、
これも、何を「デザイン」なのかにするかで話は変わってきますから、
依頼者がどのように見ているかで変わってきます。
やはり、「頼み方」というものに準ずる訳ですね。

そこで、
一旦、「デザイン」というのを無くして「印刷」というものを見てみると、
刷る目的とする内容、完成された書体、整えられた文字組み、素敵な絵や写真など、
要素としてシンプルに引き出す事が出来ます。
それらを綺麗に技術を使って並べればいいだけの話で、
で、今なら入稿する為のデータの技術という事になる。
そしたら、あとは入稿するだけですから「印刷物」は成る訳です。
ポイントは、それらの一連の作業をデザインとするべきかどうかです。
ここでは、あえて、「いいえ」を選択します。
「デザイン」ではありません。技術のみで構成してしまえば良いのです。

印刷物を依頼する時、
または、入稿データを作成を依頼する時、
少し留まって考えてみてはいかがでしょうか。
あなたの必要としているそれは、「デザイン」ですか?「技術」ですか?
歴史の順番がヒントになるかもしれません。
何を隠そう元々は「技術」があって「デザイン」という概念が生み出されました。
「技術」が私たちの生活をもっと豊かに出来るかもしれない可能性を探るもの、または運動に「デザイン」はありました。
そして今は「デザイン」から「技術」へという感じで逆走を始めています。
ただし、これは最先端であって、とても高度な人間のコミュケーションの結果が生んだ専門領域なのですね。
もっと分かりやすく「イノベーション」という言葉が「デザイン」と入れ替わる形で使われ始めてもいます。
そういう概念の殴り合いみたいな領域なのです。
どういう概念で、あなたは印刷物を見ていますか?その概念の設定を組み立てる「デザイン」という依頼が、
あなたの頼もうとしている印刷物には必要ですか?

「デザイン」をあなたが必要とする場合、
デザイナーとのコミュニケーションを大事にしなければなりません。
注文通り、希望通りのものが出来ていないからといって、
そのデザイナーがプロであるなら、間違ったものを提案していないはずです。
もしくは、何を対話とするのかを考えなくてはなりません。
あなたの希望とは?求める完成と結果とは?
其処から話をしなければなりません。
あなたのその意図は、ある判断の回答の1つでしか無いのです。
その回答を、意図を、デザイナーは依頼者とともに考えるのです。
それを仕事としています。

我々が想像しているよりも、
印刷物を作る上で「デザイン」が関わる必要の無い場合が多いのかもしれません。
それはもしかしたら、この日本という場所で「デザイン」というほどのコミュニケーションが、
まだ発達していないかもしれないという事を示唆しているかもしれません。
または「デザイン」というものが、あたかも必要ではないようにする為に、あらゆるメニューが整えられています。
これは、もともとの日本の商いの形に似ています。
それらを極めて「デザイン」に近い形容の「デザイン的」な目線で見ているだけかもしれないのですね。

それは、コミュニケーションが他国と劣っている訳ではありません。
単純に、独特しく発展した我々の言語を用いたコミュニケーションで、
高度な印刷物の実現に至っているという事でもあります。
デザインというものを意識せずとも、それをわざわざ依頼しなくても、
欲しいものがあり、作ってもらいたい形が備わっているだけの話なのかもしれません。

依頼をして印刷物を作る時、
この事を少し思い起こしてみてください。
あなたが頼んでいる相手は「デザイナー」ですか?
あなたが頼んでいる内容は「技術」ですか?

何を整えれば良いのですか?

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