今までグラフィックデザイナーが印刷について行ってきたこと、そして、これからについて


印刷が始まってから、まあまあの時を経てグラフィックデザインが発生し、よくよく考えてみればグラフィックデザイナーが、印刷というものに接してきた時間というのは、印刷技術が登場してから、実はかなりの時間が経ってからで、全体を見渡すと極々最近の話という事が簡単に分かります。現在においては、ここまで、1人のグラフィックデザイナーが刷る、紙に加工するというものに関わるというのは、とても不可解な事であり、ある一部の印刷発注者に過ぎない事実も一緒に付きまとってくるのは異常な自体であると、最近ではとくに、そのように感じます。fengfeeldesignはこれまで、グラフィックデザインというものの視点から印刷を見つめ続けてきました。もちろん、これからも、その視点で見つめ続ける事になると思うのですが、それまでに接してきた、見てきた状況というのものが、あまりにもグラフィックデザインが不在な状態で印刷工程が在るというものが多く、本当にグラフィックデザイナーって存在しているの?というぐらい、存在の怪しいものとして、認識されてきた経緯というものがあります。結論としては東京にこそデザインがあって、デザイナーが居たって感じですかね。むしろ、そういった経済と人とが集合しているところにデザインの必要性が内在していて、このような大阪という名の嘘大都会では、DTPオペレーター的な東京資本から流れてきたクソツマラナイ事案をグラフィックデザイナーという肩書きが、こなすものだから、そりゃもう不信になるわ、と、ひとまず大阪の残酷な状況を報告しつつ、これは本当にホントで、なんというか、東京って、なんだかんだいって、たくさんグラフィックデザイナーって存在していると思うんですが、それをデザイナーとした場合に、大阪、もしくは関西では、リアルに成立してるのが20人くらいだと思います。いや、ホントにこれはマジな話です。この事実から目をそらしたい状態というのが正直あったし、実際、それを認めるまで相当に時間がかかったのは、ある意味、過酷な変態プレイだったなー、というのも同時に認めざるえず…云々云々ありますが、それはいいとして、でもまあ、こんな感じの大阪にもデザインを必要とする話や要望はあるのだが、頼む側になんとも金が無い場合が本当に多いんですね。東京はどうなんすか!いったい全体どうなんすか!というぐらい、なんかお金発生してるし成立しちゃってるじゃないすか。なんかそういうのを見ていたり、目の当たりにしているので、こちとら大阪に居ると、もはやグラフィックデザインは幻想なんじゃないかってのは感じていたりします。まあ、そういう意味で、少し離れた所から、グラフィックデザインというものを見てきたfengfeeldesignが観察し勉強し見てきたものとして、グラフィックデザイナーは印刷に何をしてきたのだろうという疑念と、その判明があるのですが、その一環としての前のPRINT PUB 01がありました。メンバーとしては大阪と東京で半分ずつが参戦し、それぞれが制作を行ったのですが、特徴として、東京はグラフィックデザイナーが多かったにも関わらず、大阪ではそうでない作家やアーティストの人たちがとても多かったのが違いとして表れました。プリパブ自体がネットで平均的にメンバーを集めましたので、情報の拡散の偏りというのは無かったと思いますし、なんせ拠点が大阪というのもあって、個人的には大阪の人たちが多いのかなあと予想していた部分があるのですが、想像以上に、大阪のグラフィックデザイナー、という人達には興味を持たれ無かったなという印象がありました。そもそも、大阪のグラフィックデザイン、とくに紙媒体を中心にしたグラフィックデザインで成立した人達というのは前述の通りなのですが、その状況というのは、成立している人の希少価値の高さとも言えていて、成立した時点で既に偉い、みたいな、そういう空気があります。一方、東京では、成立はしているが、それより一歩先の評価のようなものを得て初めて偉い、となるようで、その上での、欲、というか、挑戦心、業の深さ、みたいなものの大きさの違いをまざまざと感じることが出来ました。あと地方は、印刷オペレーターが多い傾向にあったのも特徴として挙げられます。このような結果の中で、2014年の時点の結果とも言えますが、東京が、私たちの想像するグラフィックデザイナー像を描ける経済や人の質を含めての環境があるとして、それよりも離れたり、経済や人の質のようなものの変化で、グラフィックデザイナーという位置付けや、意味づけみたいなものが変わってくるのが分かったのが、このPRINT PUB 01で得る事のできた最高の成果であり結果でした。その上で、1つ共通点として挙げられるものが、どの種のグラフィックデザイナーであっても、ある一定値、印刷に関わる事が前提として動いている、というものです。その一定値の中身というのが重要で、PRINT PUB 01自体が、その中での印刷技術の育みや観点の発表会みたいなものでしたが、グラフィックデザイナーが印刷について行ってきたものというのは、「作るものを指示」したり「そのフォーマット」を作成したり、というよりも、その欲求の部分として、それらがどう見られるか、という事に全ての印刷物が成立していました。また、その際に、印刷技術に求められていたのが、その技術力の高さよりも、そうした、何かに表現をするものを満たす欲求の部分に合わせてくれる技術を、グラフィックデザイナーが印刷に影響する、求める一定値として表れていたようです。もしくは、それらに関連した技術の高まりを良質なものとして捉えている印象でした。ただ、意地悪なように、テーマを印刷技術の発表という縛りを設けて、雁字搦めにしていたのですが、それでも彼らの出した答えは、その表現に偏ったものであると印象付けられる制作物の発表でした。恐らく、グラフィックデザイナーは前よりかは、印刷技術の解放により勉強が捗っているものと思われます。そうした中で、これから行われる事というのは、実際に自分達が遭遇する状況に対して、最高に利用出来る技術選別なのではないのかなと、想像しています。もちろん、その流れというのは、今までは緩やかに行われてきましたが、ここまで技術の発信や解放が行われてしまうと、そのスピードというのは、ますます加速するものと思われますが、その中で印刷サイドはどのようにあればいいのか、どの技術を残すべきなのか、など、技術側もその選別を行う時がかならず来るような気がします。この新しく再開したプリパブは、そういう事になるであろう状況の中での、無理が起こらない潤滑油としても機能出来ればと考えているのと、そういったものをよりウマク策定する事で、様々なグラフィックデザインと印刷の未来を描ける事が出来ればと願っております。また、その事態というのは本当に近い将来のこれからとして予感しています。

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